ベイブ 〜その小説、ホントにアナタが書きましたか?〜

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『投稿された小説の著作権は、あなたにありますか?』  はい 『投稿された小説を創作するにあたり、参考にした、オマージュした、模倣した作品はありますか?』  いいえ 『万が一、投稿された小説が第三者の権利を侵害し、損害を与えた場合、弊社は一切の責任を負わないことを了承しますか?』  はい 『最後にお聞きします。重要な質問ですので、慎重に考えた上でお答えください。  ?』  はい  震える手で、キーボードの横にあるマウスを操作する。  カーソルがに向かって行くが、マウスを持った手の震えが伝わっているようで、うまく狙ったところに寄って行かない。  四苦八苦しながらようやく目的の場所にカーソルを置くと、ふう、と大きく息を吐く。  カチリッ──  クリックすると、無機質なパソコンの画面は次のメッセージを画面の真ん中に表示させた。 『メールは無事に送信されました』  山田大介(やまだだいすけ)は目の前にあるパソコンの画面を睨みつけながら、マウスの上にのせられた右手の上に、包み込むようにして左手重ねた。  それでも手の震えは止まらない。 (やってしまった……)  額から流れた脂汗が頬をつたい、やがて丸みを帯びた顎の先に移動した。徐々に重力に負け、落下した汗は机の上を濡らす。それは一滴ニ滴ではなく、次々と顎から滴り落ちてくるのだった。  山田が全身を濡らすように汗をかいているのは、決して夏の暑さのせいだけではなかったのだった……。  今から数時間前、とある新人賞に応募した小説が最終選考に残ったと伝えるメールが、山田の元に届いた。  本来なら小躍りするところなのだろうが、山田はただただ体を震わせ、全身から吹き出す汗を拭い続けた。  どうしてこれほどまでに怯えているのかというと、出版社に送った小説がものだからに他ならない。  他人から盗んだものが、あろうことか最終選考まで残ってしまったのだ。  承知の上とはいえ、いざ現実になると元来が臆病者のこの男は、全身から噴き出す汗を止めることができなかったのだった。  たいていの出版社では、応募した作品が最終選考に残ったと報せるメールと同時に、あるアンケートを送る。  実際にはアンケートとは名ばかりで── 『この作品は公にして問題ないんだろうな! もしもの時はどうなるのかわかってるのか!』 ──という恫喝にも似た、言わば誓約書だ。  それもそのはずで、大賞を受賞した小説は何らかの形で出版することになる。当然、著者への賞金を含め、数百万か、場合によってはそれ以上の経費が使われているのだ。  にも関わらず、万が一受賞作が盗作だった場合、例え責任が著者にあったとしても、出版差し止めはもちろん、審査員を含め関係各所への謝罪、読者からの信頼の失墜──出版社にとっては大ダメージになるのは必至。  だからこそ最終候補に残った作品に対しては、神経質と思えるくらいに確認作業を行うわけだ。  おもむろにスマートフォンを手にした山田は、隣の四畳半の部屋に行く。  そこには床いっぱいにパズルのピースが広げられていて、少なく見積もっても千ピース以上はあるだろう。  ささくれ立った畳の上に膝をつくと、スマートフォンに繋げたイヤホンを両耳にねじ込む。すでに外枠を完成させているパズルに向かって、一ピースずつ慎重にはめていくのだった。  その光景は、どこか異様な雰囲気を醸し出していた。  薄暗い部屋の中で、小太りの中年男が前屈みになり、「俺は悪くない……俺は悪くない……」と呟きながら、パズルを行っているのだ。  イヤホンからは、山田の推しのコスプレーヤー「な()ミ」が出した曲が漏れ聞こえてくる。  他人が見れば、軽い悲鳴を上げたかもしれない。  しかもそのパズルには、何も描かれていない。  だからひたすら一ピースずつ合わせていくしかなく、人並外れた集中力と、根気が必要とされる。  山田は黙々とその作業を続けるのだった。  思考を深めたい時、あるいは現実逃避したい時、平静を保たなければならない時など、とにかく山田は、ことあるごとにこの真っ白なパズルに向き合い、完成させてはバラし──を繰り返している。言わばこれは、山田にとっての精神安定剤のような行為だった。  不意に、夜の帳を切り裂くような叫び声が上がる。 『うひょぉぉぉぉぉ!』  どうやら今日も、隣人の男が泥酔しているみたいだ。  山田はそっと曲のボリュームを上げた。
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