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渡辺先生は続けた。 「勿論、当日の試験の出来もあるけど…… 小学校(ウチ)からも推薦状を書こうと思う」 「あ、ありがとうございます!」 「それでね、一つだけ心配なことがあるんだ」と、言いながら渡辺先生はタブレット端末からあたしの成績表を出し、とある一点を指さした。そこにあったのは「3」の数字だった。 「君、成績は良いんだけど『一学期の体育』だけは他に比べて見劣りするね」 「あ…… それは……」 あたしは口ごもってしまった。5や4の並ぶあたしの通知表の中の唯一の欠点である。 「今日のプールの授業を見て分かったよ。泳げないんだね?」 「はい…… 恥ずかしながら……」 あたしは申し訳無さそうに俯いた。渡辺先生はやれやれと溜息を()きながら話を続ける。 「体育の成績と言うのは、実技、筆記試験、授業に対する意欲や態度の3つの点数で評価をするんだ。詳しい割合は決まりで言うことは出来ないのだが『実技』が大きく占めているんだよ」 成程、一学期の水泳の実技の評価が低いせいで体育の成績が3になっていると言うことか。 道理で保健体育の筆記試験30点で、体育の授業中もペチャクチャと他事(ほかごと)を話している男子が「5」を取ることが出来ると言うことか…… その男子、スポーツテストの成績は抜群で、勿論泳ぐことも出来る。今日の授業でも25メートルをクロールで20秒を切っていたぐらいだ。 どうやらあたしの通うこの「大留小学校」は授業態度や筆記試験でフォローが出来ないぐらいに体育の成績では実技を重視しているようだ。 あたしは「不条理」を感じて顔を歪めそうになったが、手汗の滲む掌をスカートに擦りつけて拭うことに集中し、なんとか自分を落ち着かせた。 「それでな、君の行く久我山女子大附属中学校と言うのはな、全体的に高水準の成績の子が望まれる傾向にあるんだよ。実はこれまでも何度か推薦状を書いた子がいたんだけど、勉強一辺倒で体育や音楽が不得意な子は悉く落とされているんだ」 「えっと…… あたしの体育の成績の『3』が引っかかるってことですか?」 「そう、なっちゃうね。当時の試験の点数も自己採点では合格点に至っていたし、私も過去問と彼らが頭の中に覚えている当日の試験問題と照らし合わせて擬似的に当日の試験問題を再現して答え合わせを行ったのだが、点数は足りていたよ」 「つまり、重箱の隅を突くように落とす理由を探したってことですか?」 「技能教科…… 所謂、音楽や体育とかだ。こういった教科の成績が受験教科に対して比べて低いと、取り組む態度が悪いとか、やる気がないのかな? って受け止める先生方もお見えになるからねぇ…… 推薦状にいくら『全ての教科に熱心に取り組む素晴らしい子です』って書いてあっても、通知表の数字だけは嘘をつけない。受験教科が5や4ばかりでも、受験教科ではない技能教科が3とかで隔たりがあると、そこを合否に絡めてくるかもしれないってことだよ」 「泳げないってだけで、中学受験に落ちるんですか?」 「可能性があるってことだよ。当日の試験が高水準でどの子も甲乙つけ難いって状況になった場合は特にね」
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