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 泳力測定が始まった。元から泳ぎが上手かったり、水泳部だったり、スイミングスクールに通う子達はスタート台からザパンと飛び込みそのままスイスイと水面スレスレを泳ぐシーバスのように瞬く間に25メートルを泳ぎきってしまう。タイムは13秒から23秒の間と言ったところだ。さすがは水泳経験者である。13秒ともなれば小学生の全国大会の上位クラスの記録らしい。  やがて、あたしの順番が回ってきた。当然、スタート台の下からのスタートだ。水泳未経験であれば飛び込み台を使ってのスタート方法を知るはずも無いためにこちらが多数派である。 渡辺先生が長いホイッスルを吹いた。スタートの合図である。あたしの隣のコースの子はそのまま壁を蹴ってクロールに入り25メートル先のゴールに向かって泳ぎだした。 あたしはと言うと、壁を蹴らずにそのまま床を蹴って前に向かって跳び、なんとも情けない体勢でクロールの姿勢に入った。しかし、泳げないあたしはそのまま手も足も動かすことが出来ずに床に足をつけて立ち上がり、そのまま濡れた顔を洗顔するように水を拭ってしまう。 ああ、恥ずかしい。これでは生き恥じゃないか。あたしはそのままトボトボとプールサイドに戻るのであった。 だから、あたしはプールの授業が嫌いなのである。  その日の昼休み、あたしは渡辺先生に職員室に呼び出された。「なにか悪いことしたー?」と(からか)う友達を無視して、職員室に向かった。休憩中にコーヒーを飲む教師が多いのか、職員室には常にコーヒーの匂いが染み付いて充満している。コーヒーの苦味を苦手に思うあたしはそれが嫌でたまらなかった。 「失礼します」 あたしは渡辺先生の元へと向かった。その傍にはあたしを座らせるためか、ピンクのクッション付きの椅子が置かれていた。 「おう、来たか。ま、座って座って」 あたしは渡辺先生に向かって一礼した後、椅子に腰を下ろした。暫しの沈黙の後、渡辺先生は重い口を開いた。 「えっと、君は私立受験組だったな」 あたし、「清瀬千笑美(きよせ ちえみ)」は私立中学の久我山女子大附属中学校の受験組だ。地元中学に進学するつもりはない。その旨は5年生の時の三者面談で伝えており、5年生の時の担任の先生からの申し送りで伝わっているはずだ。 今日呼ばれたのは、もうすぐ6年生に入って初めての三者面談だから、あたしに確認を行うためだろうか。 「はい、私立を受験するつもりですけど」 「君が受験する学校には小学校(ウチ)からも何人かは出しているからノウハウもわかっている。だから、私も君を全力でサポートさせて貰うよ」 「あ、ありがとうございます」 「それで、君のこれまでの5年間の成績を見せて貰ったけど、成績は十分だね。5と4ばっかりだ」 あたしはガリ勉なぞしていないが、成績はいい。テストでは100点が普通で、90点以下の点数を見たことはない。5年生に進級してからは私立中学受験の塾にも通っているために、試験対策も万全だ。
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