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表には出ない中学受験の採点の裏側ってやつですか。あたしは心の中で諦め気味な溜息を()いた。あたしは「純然たる当日の試験の点数」のみで合否を決めてくれないかと考えてしまった。 渡辺先生は救済の蜘蛛の糸を垂らしてくれた。 「それでな、7月の最後のプールの授業でもう一度泳力測定を行うことは知ってるな?」 大留小学校の泳力測定はプール開きの日と、夏休み前の二回行われる。初回は泳げるかどうかのチェック、二度目はこの夏のプール授業を経て25メートル泳げるようになったかどうかのチェックである。それを証拠に二度目の方に参加するのはプール初日の泳力測定で25メートルを泳げなかった子だけだ。25メートルを泳げる子はさっさと家に帰ってしまう。 この泳力測定は開催される時間が放課後だからである。 「知ってます。一昨年去年と参加してますから」 あたしは毎年二度目の泳力測定に参加し、泳げずに帰ることを繰り返している。苦い記憶だ。 苦い記憶ではあるが「これでプールの授業も終わり」と考えると心が晴れ晴れし、浮足立ちながら帰ったことも覚えている。泳げない仲間との寄り道の買い食いで飲むジュースは格別に美味しいものであった。 「それでな、7月の泳力測定で25メートルを泳ぎ切れば、一学期の体育の成績を5、悪くても4にしてやりたいと思うんだ」 「え? いいんですか?」 「君はこれまでも、4月5月の実技評価と授業に対する態度や意欲や筆記試験の体育の点数は良かったんだよ? でも、水泳の実技評価が著しく低くせざるを得ないものだから3にせざるを得なかったんだ。でも、今のままではまた同じように評価せざるを得ない」 「つまり、現状だとまた3ってことですか?」 「ああ。水泳の実技評価と言うのは25メートルを泳げるか泳げないかで決めているんだよ。出来れば生徒全員25メートル泳げるようにして欲しいと『文部科学省(スポーツ庁)』も定めている」 あたしは25メートルを泳ぐことに関する省庁のこだわりが気になった。おそらくは学校にあるプールの殆どが25メートルプールで、その端まで泳ぐことを単純に目標に定めただけだろう。オリンピックや世界的な水泳の大会のプールは50メートルなのに、学校のプールの殆どが25メートルなのはおそらくは土地の問題だろう。50メートルは、50メートル走で走ってみると分かるのだが、案外長い。この大留小学校のグラウンドは200メートルトラックだ。そこから50メートルの直線だけを切り抜いたとしてもかなりの割合を占める。グラウンドのような平地ならまだしも、そこにプールを作るともなれば大変な手間もお金かかるし、ちょっとした池を作るような広さになってしまう。 つまり、どこの学校も50メートルを作るような土地もお金もないから、その半分の25メートルプールが標準的なプールになっているということである。省庁のこだわりも25メートルプールしかない故のものだろうとあたしは思うのであった。
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