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これは、私の初仕事の話。
始まりは一月前。
「この家には秘密がある」
パパはそう言って私を古いお屋敷の前で車をとめた。
「お前の初仕事にはもってこいだ」
私は、おじいちゃんの代から続く大泥棒の家系の大事な一人娘。どこに出しても恥ずかしくないようにと、パパが手塩にかけて育ててくれた。
その家の主人は知る人ぞ知る有名な彫刻家。その全財産をこの家のどこかにかくしているはず。でも、誰もそのありかを知らない。
みんなが、近づきがたいというその男と仲良くなるのは案外簡単だった。庭の奇妙な彫刻をほめると、顔じゅうをくしゃくしゃの笑顔にして、家の中にあるもっと奇妙な彫刻を次々と見せてくれた。
「もう、他にはないの?」
ちらりと本棚に目をやって、首を横にふった。まちがいない、あそこの奥に、何かが隠されている。
地下室に忍び込むのは造作なかった。彼は、一度彫刻を始めると、周りの物音なんて何も聞こえなくなる。本棚を動かすのは少し手間取ったけど、私は大泥棒の孫娘だ、造作はない。
さすがに、ちょっと手が震えたけどね。
地下室のドアに手をかけるとびっくりするほどひんやりしている。それでも無理に開けると、中はぼんやりと薄明りがひろがっている。
のぞき込んで、息が止まるかと思うほど驚いた。中に、人がいた。私と同じくらいに見える女の子。
青髭男爵の物語を思い出してぞっとした。でも、その子は真っ白い顔で笑って言ったんだ
「こんにちは、はじめまして」
私は目をそらせなくなって、返事もできなかった。それに、その部屋はぞっとするほど寒くって、すぐに耳や指先が凍り付きそうだった。
私が地下室へ行ったことはすぐにばれた。彼はちっとも怒った風じゃなく、むしろうれしそうに、そろそろ君に彼女を紹介したかったと言った。
彼女の名前はユキ、本当の雪で出来ていた。
今年の冬、町には史上最高に雪が降った。彼のぼろぼろの家はもうちょっとで雪のために屋根が抜けそうなくらいだったから、雪かきをした雪で、得意の彫刻をつくったんだ。それが、ユキ。
ユキがとけてしまわないように、地下室にたくさんの雪と氷を運び込んで、雪のための部屋をつくった。だけど、この町の夏は、馬鹿みたいに暑い。
「きっと私は溶けてしまうわ」
ユキは、何でもないことみたいにそんなことを言うんだ。彼は悲しそうな顔をするけど、だからってユキのために何かしてあげるわけでもない。
それなら、私が一肌脱ぐしかないじゃない。なんて言ったって、大泥棒の孫娘なんだから。
ユキの誘拐作戦は、彼が彫刻を売り込むために隣町まで出かけたすきにあっけなく片付いた。私のいうことなら何でも聞いてくれるパパが、巨大な冷蔵庫を探してきてくれた。その中に氷と一緒にユキをいれて、トラックと北回りの舟で、この国の一番はしっこ、シロクマやアザラシが住んでいる島まで連れて行った。
彼には、ちゃんと置き手紙を残してやった。
―いつでも遊びに来てね
だけど、まさか、ほんとに飛んでくるとはね……よっぽどユキのこと、好きだったんだね。
二人は、今、北の島で暮らしている。彼の彫刻は北の島の人たちにも人気があって、それなりに売れているらしい。だから、私は、二人の恩人ってわけ。毎月のように手紙やはがきが届く。
今日も北から鮭が届いたと思ったら、なんと、これも雪で出来ていたんだ。やられたよね。
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