14人が本棚に入れています
本棚に追加
「いつも真寛が僕の一歩前に立ってた。それでよかった。僕には心地よかったんだ。僕の苦手なことは全部真寛が引き受けてくれたから、僕は影に隠れていられた。火事のときも、僕じゃなくて真寛が助かった。神様が真寛を選んだんだよ。真寛がいなくちゃ、僕はうまく生きられないから。真寛なら、一人でも強く生きていける」
「そんなことない」
遮るように、透子は千寛の言葉を否定した。
「そんなこと、ないよ」
まっすぐに視線が重なる。千寛が驚いた目をして透子を見ている。
真寛なら大丈夫。真寛だから大丈夫。そう主張する千寛の言葉を退けずにはいられなかった。
お姉ちゃんは大丈夫。でも、透子は――。そうささやかれ続けた昔の自分と千寛の姿が重なって、無理にでも否定しなければつぶれてしまいそうだった。
それに、千寛を失った真寛が一人で強く生きられているとは思えなかった。千寛のいなくなった世界で、真寛は必死に自らを鼓舞して生きているのだ。
――上手に笑えてる。
あのときのつぶやきが物語っている。絶えることのない真寛の微笑みは、彼の努力の結晶なのだ。家族と死に別れて六年が経った今でも、真寛は意識的に笑っていようと心がけなければ笑えない。それほどまでに大きな喪失感と、拭い去れない悲哀をかかえ、彼は懸命に生きている。止まることを知らない時間の中で、たった一人で、千寛の分まで生きようとしている。幽霊になった千寛がすぐそばで見守ってくれていることも知らずに。
最初のコメントを投稿しよう!