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千寛が静かに席を立ち、その姿を透子は見る。千寛の表情は、意外なほどからっとしていた。
「僕、帰るね」
「え?」
「この状態が長く続くとは思えない。そのうち必ず、また真寛と入れ替わる。いつまでもここにとどまっているより、家にいたほうがなにかと都合がいいだろうから」
例の写真を手渡される。真寛の使っている黒いボストンバッグを肩に担ぐと、千寛は「じゃあね」と透子に言った。
「もう会うこともないと思うけど、久しぶりに生きた人間と話せて楽しかったよ。ありがとう」
千寛が扉に向かって歩き出す。不思議だ。真寛と同じ上履きを履いて歩いているはずなのに、今聞こえている千寛の足音は、この生徒会室に入ったときに聞いた真寛の立てる足音とはまるで違う。
「もし」
扉に手をかけた千寛の背中に、透子は少しだけ声を張って尋ねた。
「もし、明日になっても真寛くんと入れ替わっていなかったら、どうするの」
可能性はゼロじゃないはずだ。なぜ真寛のからだに千寛の魂が宿ることになったのか、そのメカニズムは明らかになっていない。どうしたらもとに戻れるのか、あるいはこの先もずっとこのままなのか、未来は誰にもわからないのだ。
透子は真剣に言ったのに、からだ半分だけ透子を振り返った千寛はからからと声を立てて笑った。
「あり得ないよ、そんなこと。このからだは真寛のものなんだから」
「どうしてそう言い切れるの。いつかまた真寛くんが戻ってくるんだとしても、その『いつか』がいつ来るかはわからないじゃない。今この瞬間かもしれないし、一週間後かもしれない」
「そのときはそのときだよ。学校なら風邪をひいたとか適当に嘘をついて休めばいいし、おばあちゃんのことだって、僕が真寛のフリをすればごまかせる。小さいころはよく真寛と入れ替わって、周りの大人たちをからかってきたからね。母さんはダメだったけど、父さんのことは騙せたんだ。大丈夫。僕にまかせて」
「でも」
「なにも心配することはないよ。真寛のことは僕が一番よくわかってる。僕は死んだ人間で、このからだは真寛のもの。必ず真寛は戻ってくる。明日にはもう、僕はいないよ」
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