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「すごいな。驚いたよ」
拍手を続けたまま、その人はゆっくりと透子のいるピアノのほうへと歩いてくる。切れ長なふたえの瞳。小さな顔。風になびけばさらりと揺れる癖のない黒髪は整った頭の形に合わせた自然なシルエットにカットされ、前髪は軽く左側に流されている。
顔見知り程度の関係だけれど、同じクラスの生徒だったことにまた驚いて、透子はガタンと椅子の脚で床を鳴らしながら立ち上がった。
「プロの演奏を聴いているのかと思った」
「暁くん」
クラス一、いや、学校一の人気者と言っていい。透子のかようここ名璋高校で生徒会長を務める暁真寛は、クラシックのコンサート会場でピアニストに割れんばかりの拍手を贈る観客のように、きらきらと輝かせた目をして透子に言った。
「こんなにも重くて苦しい『ラ・カンパネラ』を聴いたのははじめてだよ。でも、心にストレートに響いた。感情の波に殴られたような気分」
真寛は肩をすくめるけれど、なぜか嬉しそうに笑っていた。それより、あの曲を聴いたことはあっても、『ラ・カンパネラ』という曲名がすぐに出てくる高校生はあまり多くないだろう。クラシックに精通していることへの驚きは確かに感じたが、さすが暁真寛、とも思った。まったくと言っていいほど、彼には隙がない。
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