おしゃべりな月

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 ドキンと心臓が高鳴る。 「き、来たっ……」  私はドクンドクンと高鳴る心臓を押さえながら、玄関へと向かった。 「はい……」  ガチャリとドアを開け、顔をあげる。 「え?」  息を呑む。  確かにそこには、誰かがいた。  私と同じ身長くらいの〝全身がぼやけた黒い影〟が、ゆらゆらと揺れながら。 「こんにちは! 光成エポさん」 「しゃ、しゃべった」  オバケ? 宇宙人? 妖怪?  何しに、ここへ来たの?  まさかコイツが、お父さんとお母さんが選んだお手伝いさんだって言うの?  いくら芸術肌で、変わっているものが好きな両親とはいえ、こんなのと仲良くなるなんて! 「オバケとは失礼ですね、エポさん」 「えっ」  ウソでしょ。  今の声に出してないよね、私。  心が読めるの、この影。  すると影が、ゆらっとゆれた。  そしてドラマで見た執事のように、優雅におじぎをする。 「ボクは、ホオヅキ。今日からエポさんのお世話をさせていただくために参りました」 「ま、まじ……?」  影の顔には、三日月を横にしたような口だけがくっきりとある。  こういう月を下弦の月って言うんだったっけ。  他の顔のパーツは、ない。  長い手足は、カクカクと動いている。  影絵の人形劇みたいだ。  戸惑う私を置き去りにするように、影はベラベラと語り出す。 「いやあ、ここまで来るのには、苦労しましたよ。ボクは影のなかを通ってしか、移動できないのです。この住宅街の壁を影づたいにはっていき、玄関の柱までようやくたどりつくことが出来たのですよ。大変でしたねえ……! しかし、なんとかやり遂げた。やろうと思えば、できるんですよね。ヒトって!」  人じゃなくて、影でしょ。  そんなツッコミはさておき。  何なの、この早口でお喋りな影は。  私の人見知りの壁をどんどん壊しながら、話しかけてくるんだけど! (は、恥ずかしがるスキがない……)  影はふわっと私の目の前に飛んできて、その下弦の月のような口で言った。 「エポさん。最近、体の調子が悪くありませんか?」 「え……」 「ダルいとか力が出ないとか、ないですか?」  ある。とても、ある。  なんで、知ってるの?  私が黙りこんでいると、影はさらに続けた。 「アナタにとって、とっても大切だった記憶を忘れた自覚はありませんか?」  私は思わず、影の方をハッと見上げた。
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