炭酸水がふきだすように

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 登校日のこと、忘れてた!  影が消えちゃったせいで、登校日の記憶が抜け落ちちゃってたみたい。  すっかり忘れてて、ゾッとしたよ。  ホオヅキが、私の部屋の掃除をしてくれちゃってるときに、夏休みのお知らせのプリントをどこかから発掘してきたんだ。  勝手に掃除していたことは、おいおい注意するとして、思い出せて本当によかった。  そんなわけで、仕方なく動物園を延期して、登校日までの宿題を終わらせることに専念した。  こっちは影探しで忙しくて、それどころじゃないってのに〜。  宿題なんて最終日に提出でいいでしょ! なんて文句もいいたくなる。  ホオヅキに手伝ってもらって、登校日の前日の夕方に何とか終わらせることが出来た。  肝が冷えたよ、マジで。  そして、登校日当日の朝。  ホオヅキの作ったご飯が、テーブルにキレイに並んでいる。  ほかほかの美味しそうなニオイに、眠気が飛んでいくようだ。 「さあ! 登校日の朝ごはんは、炊きたての五穀米に、カリカリベーコンと目玉焼き、ミニトマトにふわふわのレタス。具たっぷりのミネストローネに、手作りマンゴージャム入りのクリーミーヨーグルトですよ」 「ありがとう、ホオヅキ。いただきます」  ボンヤリと、考える。  ホオヅキがこの家に来てから、今まで当たり前だったことが、すごく特別なことで、ありがたいことなんだって思えるようになった。  ホオヅキのことを知りたいな。  でも、それでいいのかな。  このまま影を探さなくても、もしくは探して見つけることが出来ても、私のそばからホオヅキはいなくなってしまうんだよね。  ホオヅキと、もっといっしょにいたい。 「どうかしましたか、エポさん」 「な、何でもない」  そう言えば、ホオヅキって私の考えてることが分かるんだっけ。  やば、察知されてない?  ホオヅキを、慌てて見おろす。  でも特に、変わった反応はない。  今のは、察知されなかったみたいだ。  よ、よかった……。  ご飯を食べ終え、支度をして、ホオヅキとともに家を出た。  少しだけ、久しぶりに歩く通学路。 「エポさん。学校ってボク、初めてなんです」  出た。  料理とかマンガは知ってても、乗り物とか学校は知らないんだなあ。 「楽しみです。エポさんは、勉強で何が得意なんですか? あ、算数は苦手ですよね」 「もう。宿題みてくれてるんだから、大体わかるでしょ」  学校の勉強で好きって言えるものはない。  悪くないって言える程度の成績なのが、体育と図工なだけだもん。  ホオヅキは家庭科とか、得意そうだな。 「あっ、エポ。おはよ」 「おはよう、ミモリ」  私の肩をポン、と叩いて挨拶をしてきたのは、湯朝ミモリ。  引っ込み思案な私の、数少ない友人の一人だ。  特にミモリとは価値観が合うから、相談事とかがあると何時間も話し込んじゃったりすることがよくある。 「今日までの宿題、かんぺき?」 「いちおう。ギリだったけど」 「だよねー」  ちなみに、ミモリも私と同じであまり成績が良くない。  前のテストでは、点数があまりにもよくなくて「私の得意科目は雑学と都市伝説だからいいんだ!」なんて開き直っちゃってたな。 「エポ。お父さんとお母さん、今年も海外? どこへ行ったの?」 「えーと、フランス」 「マジ? さすが、ゲージュツカ。今度は、ゲージュツの都に行ったわけね」 「そうそう。芸術家じゃなくて、建築デザイナーと絵本作家だけどね」 「そっか。寂しくない?」 「うん……大丈夫」  寂しくないよ。  今年は、ホオヅキがいるしね。 「そうでしょう! ボクがいるのでエポさんのことはおまかせください!」  ひえええええ! 何言い出すの、ホオヅキ!  見ると、ミモリがボーゼンとしている。 「今の声、誰?」 「さ、さあ。私にはよく聞こえなかったけど」 「なんか、エポの足元から聞こえなかった?」 「きききき、気のせいじゃない?」 「……そうかなあ。けっこう、デカい声だったけど。もしかして、妖怪?」  遠からず、近からず! 正解は影人間でした!  なんて言えるはずもなく。  冷や汗でびっしょりになりながら、ミモリとともに教室に向かった。  まったくもう!  後でホオヅキにキツく言っておかないと!  ダルイ登校日が終わり、ようやく下校時間。  そうだ。朝のこと、ホオヅキに言っておかないと。 「ホオヅキ」 「はい、何ですか?」 「しばらくお喋り禁止ね」  ホオヅキの動きがピタリと止まった。 「ちょっと私が動くとおりに動いてよ」 「エポさん! お、お喋り禁止ってどういうことですか……ッ?」  まるで雷にでも撃たれたかのような衝撃的なセリフ回しで、ホオヅキはゆらゆらとゆれる。 「言葉の通り。朝のこと忘れたの? ミモリにバレたら大変でしょ」 「だって……! あんまりですよ。ボクが喋らずにはいられない性格なの、ご存知でしょうっ。ボクはシンガポールのマーライオンのように、ザブザブと言葉を口から垂れ流すのが大好きなんですッ」  例えが思いがけなさすぎて、よくわからないよ!  まあ確かに、ホオヅキはお喋り好きだもんね。  黙っててって言われたら、そりゃショックか。  でも、他の人にホオヅキのことがバレたら大変なんだよ。 「もう、とにかくね……」 「何、一人で騒いでんの? エポ」  爽やかな夏の風のような、ミモリの笑顔とキラキラした瞳。  面白いものを見つけたときの、お決まりの表情だ。  そう言うとき、ミモリは決まってこう言う。 「まさか——妖怪と話してる?」  ニコリとほほ笑む、ミモリ。  ミモリは雑学と都市伝説が好きだ。  もちろん、妖怪やUMAも大好き。  愛読書は『日本妖怪大全』と『未確認生物情報誌』。  私自身もコワいもの見たさでホラー映画とかは観るほうだから、ミモリがハマる気持ちはよくわかる。  でも、今は状況が違う。  何しろ現在、私の影は私のじゃない。  料理上手のお喋りシャドーマンになってしまっているのだから。
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