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夕暮れのマウンド
「お前、もうサイン出さなくていいから」
冷たい声が響いた。風が、二人の間で笑う。
「なんで?」
吉木浩太は、その言葉に唖然とした。浩太の手から、土の色が染み付いたボールがこぼれ落ちる。
「ウザイ」
浩太は驚いて、相手の顔を見た。憎しみをあらわにしたエースの顔が、そこにはあった。彼の名前は、中川振一郎。浩太とバッテリーを組んでいる投手だ。
「お前に指示されると、虫酸が走るんだよ!」
彼の声が大きくなる。
「指示って……。だって、オレの役目は振ちゃんが上手く投げられるようにリードする事だろ?」
浩太はまっすぐに振一郎を見て言った。だが、振一郎はフンと鼻で笑うだけだった。
「お前の役目は、俺のボールを受けること。それだけだ」
浩太はさらに唖然とした。
なんで? オレ、なんか悪いことした?
「オレのリード、マズかった?じゃあさ、その時首振ってくれたらよかったのに……」
そうは言っても、自分のリードのどこが悪かったのか分からない。今日の試合だって、二人で完封して優勝したのに……。
「うるせえんだよ!!」
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