第一章 出会い

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第一章 出会い

1  社会人二年目の春。同じ会社に通いながら季節が一回りして、入社したての頃の通勤路に懐かしさを覚える。水島友紀が生まれ育ち、今も住んでいるこの地は、国内でも春の訪れが早い。木々のつぼみが膨らみ、道端には背丈の低い花が開きつつある。今年も、いつも通りの光景が広がる。  その日の昼休み、近くのデスクから先輩社員の話し声が聞こえていた。両隣の社員は外に出ているため、友紀は一人で昼食をとっていた。 「来期は新卒採らないんだってー」  え、と声が出そうになる。後輩を楽しみにしていた友紀は気落ちした。同期はみな別の営業所に勤務していて、周りには先輩しかいないからだ。後輩として過ごす空気が嫌いではないけれども、せっかく都会に勤務しているのだから、終業後にまっすぐ家に帰るのはもったいない気がしていたのだ。  たとえば夜景のきれいなレストランで食事、なんてロマンチックな話ではないか。同期がいないならせめて来年以降に後輩と仲良くなって、というひそかな野望は潰えてしまった。友紀は食べ終えたコンビニ弁当の袋を提げ、ポーチを出して化粧直しに向かう。  一人が嫌、というわけではない。隣の社員とはそれなりに話をするようになったし、外に食べに出たこともある。他の先輩も仕事を丁寧に教えてくれる。恵まれた環境にいると思う。 「でもなあ……」  がたん、とごみ箱のふたが閉まる。  片手で持てる大きさのポーチも、昼食の弁当も、友紀が一人で選んだものだ。ときどきでいいから、学生時代のように、誰かとおしゃべりしながら物を選びたい。同じものを食べて、感想を言い合いたい。  しかし年の近い後輩が来ることはないという。こうなったら隣の社員と仲良くなるしかないのか、と思いながらトイレの戸を押すと、勤務年数の長い上司が出てくるところだった。 「あれ、水島さん。社長が探していたみたいだけど、もう済んだ?」 「社長ですか? いえ、お会いしてないですけど……」  話しながら、友紀は焦る。社長がただの新人社員に用があるとは考えにくい。何か仕事で重大なミスを犯した、と考えるのが普通だろう。しかし、午前中指導してくれていた先輩からはそのような話はなく、友紀自身も重大な仕事を担当した覚えはない。 「そう、休憩中に悪いけど、戻ったら一度内線してみてくれる? 多分今日は社内のはずだから……あら、社長」 「え?」  振り返ると、トイレの前に社長が来ていた。  入社式の時より近くに社長がいる。そして、少し焦っているようにも見える。友紀はあいさつも忘れて硬直した。 「いたいた、水島さん、ちょっといいかな」  上司は頭を下げて去っていく。トイレの前、人通りの少ない場所とはいえ廊下でお説教が始まってしまうのだろうか。友紀はぎゅっと目をつむって身構えた。 「悪いんだけど、来週からF町に行ってくれない?」 「え?」  社長は、顔の前で両手を合わせた。
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