ショコラ  理想的な家族4ー良子

2/9

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
「あ」  彼は何かに気が付くと、持っていた袋をベンチにドサッと置いた。  わたしが腰を浮かしかけると、彼はいきなり紙袋の中のキッチンペーパーを取り出し、パッケージを破った。  目が点になっているわたしに安心させるように笑いかけて、ロール状になっていたペーパーを五十センチほど出してちぎった。 「ひじ、擦りむいてる。血も滲んでるよ」  ちぎったペーパーを差し出しながら言うので、思わず肘を見ると、確かに右肘を擦りむいていた。怪我の内にも入らないし、実際、今まで気が付かなかった。  こんなの、怪我したなんて言うのも、おこがましい。 「お姉さん?」  動かないわたしを見て、彼は首を傾げる。  わたしが目線を逸らすと、彼は擦りむいたわたしの右肘をそっと手に取って、キッチンペーパーを押し当てた。 「ちょっ」  ぎょっとして、思わず日本語で罵りそうになり、慌てて「シット」と舌打ちする。  だが彼は落ち着きを払って、傷を優しく拭ってくれた。  振りほどこうと本気で思えば、振りほどけたことに、わたしは後から気付いた。 「だめだよ、お姉さん。擦り傷を舐めてたら、痕になっちゃう。消毒できたらいいんだけど、持ってないしなぁ。取りあえず、傷を洗う?」  相変わらず日本語でしゃべり続ける彼を、わたしは不思議なものでも見るような気持ちで眺めていた。  彼はわたしに日本語が通じている確信があるのだろうか。  彼は傷から顔を上げると、わたしの顔を見て笑った。 「分かるよ。僕、鼻がいいんだ。あなたからは、日本食を食べている人の匂いがするよ」  え?匂い?  少し身を引いたわたしの肘を、彼はまだつかんだままだった。ニコニコ笑顔で、彼は名乗った。 「僕、小太郎(こたろう)っていいます。お姉さんの名前は?」  わたしは観念してしまった。 「りょう」  名前を伝えると、小太郎は破顔した。それまでの笑顔より、さらに眩しい武器を小太郎が持っていることを、わたしは目の当たりにした。  その時も肘を掴まれたままだったことを、後から思い出して、わたしは赤面して身もだえすることになる。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加