ショコラ  理想的な家族4ー良子

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 よく行く近所のスーパーで、レジを打っていた少年だ。自分と同じ年ごろかな、と少し気になっていた。しばらく「サンキュ」と「グッバイ」を交わし合うだけだった。その時のはにかんだような笑顔に好感がもてた。  ある朝、近くの公園でランニングをしている時、彼に会った。彼も走っている途中で、わたしの恰好を見ると、驚いた顔で「女の子一人で走っていたら危ないよ」と心配してくれた。それから時々一緒に走るようになった。  わたしも彼もあまりしゃべらなかった。ただ「今日は天気がよさそうだね」とか、「あの散歩している犬、かわいいね」とか、ポツポツとする他愛ない会話が心地よかった。  彼は、人質の側で銃を構えていた連中ではなく、外を窺っていた一人で、いわゆる「見張り」の役割だったのだろう。その時は彼だと気が付かなかった。顔も見たのに、間抜けなことにわたしは気が付かなかった。迷彩の帽子を目深にかぶっていたこともあるが、その顔つきがあまりにも違っていた。わたしは彼のはにかんだ笑顔しか見ていなかった。  気が付いたのは現場検証の時だ。慣れているほどではなかったが、遺体を見ることに免疫があったわたしは、他のメンバーと遺体の検分をしていた。その遺体に近づいて(ひざまず)き、遺体の帽子を取った時、思わず「あ」と声を上げそうになった。  その死に顔はホッとしたように緩んでいた。そこで「彼」だと気が付いた。  まさかテロリストだったなんて。  近所の人の証言のようなことを思って、わたしははたと気が付いた。  わたしは組織に言われて、数か月から現場近くのあの場所に住み始めた。組織からは何も言われなかったが、当然近くのスーパーを利用した。そこでたまたま実行犯が働いていた。  そんなことあるだろうか。  そうか。彼がテロリストだったのか。  わたしは噛みしめるように思った。  彼がどんなことを思って、こんなことをしたのか分からない。わたしたちはお互いのことを何も訊かなかったし、自分のことは何も話さなかった。  彼からは暴力の匂いも凶悪な感情も感じられなかった。だが実際、彼は爆弾を巻き付け、皆を巻き込み爆発させようとした。  それが事実だ。
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