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だがこの正月に、千和子は「女学校を卒業した後も生涯お父様の元におりとうございます」と言ってくれたのだ。ああ愛おしい。私は生涯千和子に苦労などさせないよ。
桐吾は眉間に皺を寄せ、大きな溜め息を吐いた。
「国元の東、新しい学舎の普請は順調にございます」
海に面し、丹羽の山に沿って東西に横広い国元。かつての私学校の優秀な奨学生ばかりでなく、いずれは京、大阪、全国からも学びたいと思う者を受け入れられる下地を作って行く。学舎の中ではみな切磋琢磨出来る、身分の別ない友である事をまずは学生達に知って欲しい。
「文部省も内務省も目を光らせておりますゆえ表向きは何事も控えめに」
「母体は秋朝病院だ。政府はまだまだ凡ゆる方面の技術者を欲している。殊に医術は留学一つとっても莫大な費用が掛かる。それを私費で賄って来た私に感謝こそすれ」
「軍部はそんなもの屁とも思ってません」
ああ嫌だ嫌だ。つくづく私は議員になどならなくて良かった。
貴族院も衆議院も帝国議会は軍部の傀儡に過ぎず、年々軍事費を嵩増ししている。軍需産業に関わる貴族家も増える一方だ。己が私腹を肥す為に武器を量産し軍艦を作るなど嘆かわしい。
「早く国元の空気が吸いたい」
「ええのんびりと。ですが春に帰京すれば和与子様のご婚儀」
「聞きとうないっ」
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