プログラム

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プログラム

 太陽が昇るのと同時に、私は起動する。  どうして二十四時間、起動したままにしないのかと博士に訊ねたことがあるけれど、博士は「誰だって眠らないと身体がもたないでしょ?」と言って笑った。私の身体は、博士のそれとは違うのに。理解が出来ない。とにかく、博士のプログラムで私の電源は日付が変わるのと同時に落ちて、朝になったら入る。その繰り返し。人間が寝て起きる、それの疑似体験を私は毎日している。 「博士、お野菜にお水をあげてきました」 「ああ、ありがとう」  博士はベッドから起き上がって、読んでいた本を傍らに置いた。そして立ち上がり、私の頭を撫でに来る。 「いつもお手伝い、ありがとう。レイン」 「次は何をすれば良いですか?」 「自由に過ごせば良いよ。今日のお仕事はおしまい」 「……」  自由に過ごすとは、どういう命令だろう。  私は博士に恩がある。だから、役立ちたいのに。  自由なんていらない。  欲しいのは、命令だけだ。 「……お庭でデータを採集してきます」 「うん。行ってらっしゃい」  私は研究所の外に出て、狭い庭に置かれている古いベンチに腰掛けた。  空を見上げて、その色を記憶する。  快晴、雲は見えない、けれども夜から雨の気配。   「雨……」  雨の日は、博士と出会った日のデータがぐるぐると回る。  人間型ロボットが販売される店で、私は売られていた。  製造過程で見た目に不備が出た不良品の私は、他のロボットと違い瞳が赤く、それ以外は真っ白だ。見た目は二十代前半の男性の姿。女性をターゲットにした売り物なのに、こいつはまったく売れる気配が無い、と店長はいつも愚痴を零していた。  だから、捨てられた。  朝から、ざあざあと雨の降る日だった。  商品棚の入れ替えだ、と店長は私を廃棄物を引き取る業者に引き渡そうとしていた。  ああ、このままスクラップだ。  そう思った時に、偶然、この店に客として訪れていた博士が明るい声で言ったのだ。 「そのロボット、破棄するなら僕に貰えないかな?」 *** 「お帰り。良いデータは取れた?」 「ただいま戻りました。博士、今夜は雨の確率が高いです」 「そっか。なら雨戸を閉めて……」  博士はロボットを動かすプログラムを作る仕事をしている。この世界で博士の名前を知らない人は居ないくらいの有名人だそうだ。上手く理解は出来ない。けれど、誇れることなのだろう。  私を引き取った博士は、私のプログラムをいろいろといじった。そのひとつが寝て起きるプログラム。他にもあるらしいが、詳しいことを博士は口にしない。なので、私も知らない。それで不自由は無いので、それで良い。もしかしたら、私が「寝ている」間に日々、改造されているかもしれない。それでも良い。博士の意思なら、それで良いのだ。 「博士、ご飯の準備をしましょうか?」 「いや、僕が作るよ。包丁を持って、怪我をしたら危ないだろう?」 「私は機械です。怪我はしません。それに、世界の料理一万種類以上のレシピが初期の段階から内蔵されています」  私の言葉を聞いて、博士は「うーん……」と唸った。 「実は、その料理プログラム……消しちゃったんだよね」 「え?」 「だって、最初から完璧より、ちょっとずつ自力で覚えた方が楽しいでしょ? 料理って」 「……分かりません。けれど、博士がそう仰るならそうなのでしょう」 「怒ってる? 勝手にしたこと……」 「怒りません。私は博士の判断に従います」 「そう……それじゃ、今度の日曜日にクッキーでも焼こうか」 「分かりました。食材を調べて用意しておきます」 「駄目だよ! こういうのは一緒に買いに行くのも楽しみのひとつなんだから」 「……承知いたしました。お供します、博士」  博士の言葉は、難しい。  けれど、何故だか真っ直ぐにインプットされる。 ***  夜になって、雨が窓ガラスを叩き出した。  遠くで雷も鳴っている。  雷は避けたいものだ。充電中に落雷があれば、どんなバクが起こるか分からない。 「酷い雨だね」  博士は珈琲を飲みながら外を眺める。そして、目を細めながら私を見て言った。 「こういう日はね、出会った時のことを思い出すね」 「はい。博士が私を廃棄から救って下さり約三年が経とうとしています」 「そう……早いものだね」  博士は手に持っていたカップをテーブルに置いて、空いた手で私の光沢のある人工毛を撫でた。 「レイン、ここでの暮らしに不自由は無い?」 「ありません」  私がそう即答すると、博士は苦笑いの表情を向けた。 「それなら良いんだけど……最近、忙しくて構ってあげられなくてごめんね?」 「博士はお仕事をされています。私のことを構う必要は無いかと」 「うーん……でも、レインと触れ合えないと僕は寂しいな。レインは寂しくない?」 「寂しい?」  上手く、分からない。  ロボットに、人間のような感情は無い。  だから……。 「さみ、しい……?」 「レイン?」 「サミ……」 「レイン! 僕を見て!」 「っ……」  危ない。  強制的に電源が落ちるところだった。  博士は私を抱きしめて、震える声で私に言う。 「ごめんね、レイン。困らせるつもりは無かったんだ」 「大丈夫です、博士。データは無事です」 「データ……か。そう、データだね……」 「博士、博士の方こそ大丈夫ですか? 心拍数が上がっています。呼吸も乱れて正常ではありません」 「うん、大丈夫だよ。人間の方がバクりやすいんだ……」  博士はぎゅっと私を腕の中に閉じ込めたまま動かない。  こういうことは、子供や恋人のような大切な対象に行う行為ではないのだろうか。  分からない。博士は、私の理解出来ないことをたくさんする。 「……ねぇ、レイン」 「はい、博士」 「僕は、とても自分勝手なプログラムを君に埋め込んだ」 「構いません。私は博士の所有物です」 「そのプログラムは、いつ起動するか分からない。もしかしたら、一生開くことなく終わってしまうかもしれない」 「はい」 「いつか、いつかね……君が僕を見てくれたら嬉しいなって、そう思って組み込んだプログラムなんだ……」 「私は博士をいつも見ています」 「そうじゃなくてね、その……三十路のオッサンが言うのも照れ臭いんだけど……恋してくれたら良いなって……」 「恋?」 「好きになって欲しいな、って……両想いになれたら嬉しいんだ……」 「両想い? 博士は私に恋という感情を抱いているのですか?」 「す、ストレートに来るな……そう、そうだよ」  分からない。  博士は人間。私は機械。  ロボットに人間と同じ「恋」という感情が芽生えるのだろうか……いや、きっと博士なら出来るプログラムに違いない。博士は何だって出来るのだから。 「分かりました。そのプログラムが発動するように努力します」 「努力……うーん、努力かぁ……」 「間違えましたか?」 「いや、間違っていないけど、ちょっと複雑なような……」 「博士?」 「いや、何でも無いよ」  そう言って博士は笑う。  その時、私のボディの奥の方が、ぞわっと、した、気がした。  おかしい。  こんなことは、初めてだ。  勘違い? いや、確かに……。 「レイン? 身体、どこか変?」 「……いえ、異常はありません」 「そう? それじゃ、そろそろ日付が変わるからベッドに入ろうか」 「はい、博士」  打ち付ける雨の音を聞きながら、私はベッドの中で目を閉じた。あと十分で眠る時間だ。  ……あの落ち着かない気配は何だったのだろう。まるで、人間の心拍数が上がっているかのような気配……。  博士の笑顔がそうさせた。  分からない。  博士は不思議な人だから、もう何もかも、分からない。 「……恋」  例のプログラムが動き出す兆しなのだろうか。  それなら、博士にとって喜ばしいことだ。  けれど……。 「……」  その夜、私はどうしてだか眠れなかった。  どこかの調子が悪いのだ、きっと。  それとも……。 「……博士」  まだ眠っている博士の手を、私はそっと握った。  こんなこと、したことが無いのに。勝手に手が動いてしまった。  博士、早く、起きて下さい。  起きて、声を聞かせて下さい。  ふわふわした感覚に襲われながら私は思う。  「恋」のプログラムが完全に発動するのは、時間の問題かもしれない。
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