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 厩戸邸の放火事件は、皆が寝静まる深夜に起こった。吉人君だけが助かったのは、たまたま友人の家に止まっていたから、とのこと。宿泊先の友人も「同じ部屋で寝ていたから、吉人が抜け出していたら流石に気付く。」と擁護する発言をしてくれたそうだ。しかし未だ、警察は吉人君の元へ足しげく通ってくる。 「今はどうしてんの?」 「学校からは少し遠いですが、母方の祖父母の家に。」 「一緒に住んでたのは、父方のじいちゃんとばあちゃんだったワケか。」 「…………はい。」  家族をいっぺんに亡くした吉人君に、竜衛は遠慮なく質問を重ねていく。ズケズケとした態度に、鱗音は文句ありげだ。しかし頼んだ手前、口を出すのも気が引けるらしく黙っている。 「その辺は警察も全部調べてるだろ。」 「だな。警察とは違うアプローチにじゃなきゃダメか。」  俺が口を挟むと、竜衛はアッサリ質問攻めを切り上げた。一歳から一緒に居るので、兄の根っからの性悪ぶりは知っている。吉人君を困らせるためだけに、敢えて意味のない質問をしていたとしてもおかしくない。それに気付き、鱗音が怒り散らす前に止められて良かった。 「違うアプローチって、どーやんだよ。」 「考え中。」  あっけらかんとした答えに、俺と鱗音から同時にため息が出る。吉人君は大して気を害した様子もなく、むしろ「すみません」と頭を下げた。 「僕の家のことなのに、時間を取らせてしまって。」 「いーってことよ。」  申し訳なさそうにする彼に、竜衛はヘラヘラと笑うだけ。その態度が気に入らなかったのか、鱗音が彼の肩をバシバシ叩き始める。残念ながら文系の妹の攻撃が、体育会系の兄に効いている様子は無い。二人のやり取りが「仲の良い兄妹の戯れ」に見えたのか、吉人君はクスクスと笑った。 「ま、鱗音だけにすると何しでかすかわかんねーし。俺達2人とも帰宅部だから、遠慮せず頼ってくれ。」  鱗音の注意が竜衛に向いている隙に、俺から声をかける。可愛い妹の彼氏として、彼は勿体ないほどだと思う。会って数分、俺はすっかり吉人君を気に入ってしまった。 「受験勉強の邪魔だったりしませんか?」 「大したところに行くつもりないから。」 「そもそも四月早々から勉強なんてやってらんねー。」  がむしゃらに繰り出される鱗音の拳を受け流しながら、竜衛が会話に割り込んでくる。好きなもの以外に全く興味を示さない性分の彼がこうして混ざってくる以上、兄も吉人君を気に入ってはいるのだろう。前述した通りお互いシスコンなので、妹が良い思いをしているに越したことは無いのだ。 「進学はすっけど、どーせ“シンダイ”あたりだし。」 「同じく。」  シンダイとは『心大』────心型県立大学の略称だ。永丘市から離れることになるが、将来の夢がない俺達にはちょうどいい普通の大学である。鱗音は暴れ疲れたのか竜衛に寄りかかって、こちらの話も黙って聞いていた。 「とにかく、明日には何か考えてくっから。」 「あ、ありがとうございます。」  竜衛の言葉に、吉人君はもう一度頭を下げる。兄は思考の柔軟なタイプなので、本当にやる気なら絶対に「何か」思い付くだろう。俺は残念ながら頭が固いので、策は竜衛に丸投げだ。  『桜の館放火事件』の顛末、その始まりである。
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