一日目

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一日目

 翌朝、俺達は厩戸邸の前に居た。いつもより早い時間に竜衛に叩き起こされ、登校前に寄り道したのである。  館の門は当然、黄色いテープで閉ざされていた。 「忍び込もうとか言い出さねえだろうな。」 「今のところそのつもりはねーよ。」 「今のところかよ。」  後の展開によっては、忍び込むつもりがあるらしい。不要な手間でも、竜衛は「面白そう」と思ったら何にでも手を出す。幼少期からずっと、この傍若無人の権化に振り回されてきた。小学生の頃から事故と事件で生傷が絶えず、義母によく叱られたものだ。それでも一緒に行動をするのをやめないあたり、俺も面白がっているのかもしれないけれど。 「外から見るだけでも、無駄ってことはねーさ。」  竜衛は言いながら、館を囲む塀に沿って歩き始める。塀の外からでも見上げるほどある館は、真っ黒に焼け焦げていた。かろうじて屋根のあたりは色が残っているものの、外壁はほぼ煤に塗れている。 「桜の木が燃え残ったのが、不幸中の幸い……か?」  庭に面した場所から、大きな桜の木が花弁を散らせていた。敷地の外から見る限りでは、火災の影響を受けた痕跡は無い。 「そもそも庭が広いからな。」  枝が塀からはみ出ている、つまり家からは外側に植わっていたおかげか。無残に焼け焦げた家を背景に、桜の木は満開に咲いている。学校の校庭に並ぶものとは、比べ物にならない大きさ。それなりに樹齢を重ねた、価値の高い一本なのだろう。家主が亡くなったとはいえ、簡単に切られることはない筈だ。そんなことを考えているうちに、館の周りを一周し終える。 「ところで策?作戦?っての考えたのかよ。」 「とりあえず今日は聞き込みだな~、学校で。」 「学校で?」  近隣住民に、ではないのか。だが警察がやった上で吉人君を疑い続けているというなら、それは意味が無いのかもしれない。しかし学校でやったところで、何の情報が得られるのか。 「ヨッシーを泊めたっていう友達に直接話を聞くのと、クラスメイトにも何人か話しかけておきてーな。」  昨日知り合ったばかりの後輩に、既にあだ名をつけていた。吉人君、もとい妹の彼氏と仲良くする気はあるらしい。だとしても、距離と縮めるのが早すぎるのでは。とはいえ突っ込むのも面倒くさいので、スルーして話を続ける。 「吉人君のクラスメイトにか?何を聞くんだよ。」 「本当にヨッシーが「放火なんてしない人間」なのかどうか。」 「はぁ?」  竜衛は吉人君を疑っているのか? 「タツはヨッシーが無実だと思うわけ?」 「……昨日会った印象では、信じられないと思った。」 「ふーん。」 「リュウは逆なのかよ。」 「それがわかんねーから聞き込みすんだろー?」  そんな風に言われてしまえば、それもそうだと返すしかない。案外、他の容疑者が浮かび上がってくるかもしれないし。 「ま、タツは観察眼あるしな。タツが違うと思うなら違うのかもな。」 「どっちなんだ。」  観察眼も動体視力も、竜衛のほうが勝っているのに。相変わらず適当なこと喋る兄に、俺は深いため息を吐くしかなかった。
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