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序
高校三年生になった春、校庭の桜も満開を迎える頃。
俺と兄は放課後の教室、窓際の席でスマホをいじっていた。
「教室から桜が見えればな。」
ゲームにも飽きたらしい兄が、頬杖をついて一言。
「うん?」
「アニメとかドラマで、教室の窓から桜を見るシーンがあんだろ?ウチもそういう構造なら良かったのによ。」
普通教室から見えるのは、みすぼらしい中庭だけ。雑草の目立つ花壇、塗装の禿げたベンチ。申し訳程度に並べられた植木鉢が、かろうじて体裁を保っている。窓から校庭の桜を見るには、特別教室棟に行く必要がある。それだったら、直接校庭に出た方が早い。
「リュウが桜に興味を持つタイプだとは知らなかった。」
「誰が花より団子だって?」
リュウ──二階堂竜衛らしくない言葉を指摘すると、彼はケラケラと笑った。この同い年の兄貴は、無自覚に挑発的な笑い方をする。義母曰く、義父の意地悪さが遺伝したとか。
「でもタツもそう思うだろ?」
「考えたことも無い。」
タツっていうのが、俺──二階堂辰真のこと。
赤ん坊の頃に両親が死んで、親戚の二階堂家に引き取られた。義両親に実子同然に育ててもらい、同い年の兄とは『双子』として仲良くやっている。何だかんだずっと一緒にいるせいか、顔は似てなくても言動や所作は“同じ”らしい。それに大っぴらに公表しているわけでもないから、俺達の関係が『義理』と知るものは少ない。隠しているわけでもないが。
「ごめ~ん!遅くなった!!お兄ちゃん達、ちゃんと待っててくれたんだ。」
兄弟二人だけの教室に飛び込んできたのは、今年中学二年生になった妹──二階堂鱗音。心型県立永丘高等学校“付属中学”の生徒────つまり、棟は違うが同じ学校に通っている。帰らず教室に残っていたのは、彼女に呼び出されてのことだ。
「そもそも他学年の棟の行き来は禁止だけどな。」
「私は超優等生だから、先生達も大目に見てくれるの。さっきもすれ違ったけど、普通に「お兄さんたち教室に居たよ」って言われただけだし。」
この調子のよさは義母似である。そんな鱗音の後ろには、気まずそうに視線を泳がせる男子が一人。
「で?そっちが紹介してくれる彼氏?」
「今まで「絶対に会わせない!」の一点張りだったのに、どういう風の吹き回しだ?」
去年から鱗音に恋人がいるのは知っていたが、会うのは今日が初めてになる。年度が変わってから唐突に、彼女から「会って欲しい」と言ってきた。
ついこの前まで、
────お兄ちゃん達みたいな人格破綻者には会わせたくない!
とか言ってたくせに。
竜衛はともかく俺まで「人格破綻者」呼ばわりな事には、徹底抗議したい。
「そう、厩戸吉人くん。」
「はじめまして。」
いかにも優等生らしい少年は、緊張しつつも綺麗なお辞儀をしてくれた。髪型、制服の着こなし、立ち振る舞い……校則を徹底した姿をしている。顔も整っていて、妹は“正統派美少年”がタイプだったのかと知った。
「厩戸?厩戸皇子の?」
「はい、同じ漢字です。」
竜衛の質問に、厩戸君はしっかり頷く。聖徳太子の名を冠するとは、将来大物になりそうな苗字だ。
それ以前に、学校近辺では有名な名前であった。
「ってことは『桜の館』に住んでた?」
「そうなの!」
確認する竜衛の言葉に、鱗音が食い気味に割り込んだ。
「吉人くんが警察に疑われてて困ってるの!相談乗って!」
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