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「お待たせ」
「ねえ、このマイク」
「ん? マイクがどうかした?」
「……別に、なんでもないけど」
紅茶を受け取って、私は聞くべき言葉を見失ってしまう。マイクが新しくなったからと、何を疑う必要があるのだろうか。
でも、前までの蓮なら「マイク新しくしたんだ。前のよりも音がずっと良くなって」みたいに私が聞かなくても色々話してくれた。
熱い紅茶を冷ましながら、ゆっくりと口に流し込む。横に座った蓮も同じように――
「ふひゃっ」
のどをもたげた、気の抜けた子供みたいな声がした。
「びっくりした。大丈夫?」
「うん。思ってたより熱くて、変な声出ちゃった」
「変な声っていうか」
今まで聞いたことのない可愛らしい声だった。――自然に出るってことは、普段からそんな声で誰としゃべているの?
脳裏に、いつもより幼びた様子で甘える彼がちらついた。横にいるのは、大人なお姉さん。赤のワインが似合いそうな。
「凛々花?」
「う、ううん。なんでもない」
彼の誕生日だ。余計なことを考えず、祝うことに集中しよう。
私は鞄からプレゼントを引っ張り出した。黄色い包装用紙に赤いリボンが巻かれている。背中にすっと隠して向き直る。作ってきたぶきっちょなケーキもあるが、こっちは後にしよう。
「蓮、これ――え、あれ」
「ん? あれって?」
改めて真っ直ぐ見つめると照れてしまうなと、一瞬視線を下に降ろしたときだ。
机と壁の隙間に、きらりと光るものが見えた。
掃除の行き届いた彼の部屋には、とても異質なものに思える。たしいたことじゃない。気にするな。見なかったことにしろ。自分に言い聞かるが、「なにか落ちているよ。ほら」なんてわざとらしく口に出しながら、私の手は伸びていった。
「……ほら、ピアス」
短いチェーンの先に金色の蝶がついている。
私のじゃない。多分彼のでも。そもそもピアス穴すら、二人とも空けていない。
「これどうしたの?」
「あのさ、凛々花。ごめん、隠していたんだけど」
「っ謝らないでよ! 最悪、最悪! なんでよ、ケーキ作ってきたんだよ。失敗したせいで作り直してさ、寝不足なのに。プレゼントだってほら、欲しがってたアルパカのぬいぐるみだしっ! 探すの大変だったんだよ、なんでアルパカなのよっ! 犬とか猫とかでいいじゃん」
アルパカを投げつけて、ケーキは――食べ物を粗末にできない、持ち帰って自分で食べよう。
「待って、違うんだよ! それ、僕がもらったんだ。プレゼントに」
「意味わかんない! なんで蓮がプレゼントにこんなピアスもらうのっ、もっとましな嘘ついてよ!」
ピアスの似合うお姉さんに慰めてもらえばいい。彼の胸を何度も叩いた。
「聞いて、凛々花。僕VTuberになったんだ」
「え?」
「隠してて、ごめん、本当に」
「いや……え? VTuberってあの?」
見せるよ、と蓮がパソコンの電源を入れた。カチカチと操作すると、可愛らしい女の子が出てくる。
「え、女の子だけど」
「女の子なんだ……ごめん」
蓮がカメラに向かって手を振ると、女の子も連動して手を振り返した。
「すごい……VTuberだ」
「こっちが配信しているチャンネルで」
開いた画面を見れば、VTuberの配信ページらしいものが表示されている。
「う、嘘でしょ」
「ごめん、隠してて。けっこう人気で、視聴者の人からプレゼントとかももらちゃって、あのピアスもそれなんだ」
「いやいやいや、蓮が女の子やってたなんてそんな!」
そんな――悪くないかも。
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