第一章  十六歳になった日

3/20
24人が本棚に入れています
本棚に追加
/147ページ
 【あそこをご覧】、死神くんが囁いた。  その指さす彼方には、黒雲に跨って大きな鎌を手にした、通説通りの厳つい顔の死神さんのお姿が見える。しかも首輪を掛けられた男の魂を、ずるずると引き摺っている。  【あれがお前達の上に落ちてきた男の魂だよ。ビルの屋上から飛び降り自殺なんかするから、下にいた君たちが巻き添えの下敷きになったのさ】  死神くんの短くて端的なご説明のお陰で、何が起こったのか瞬時に理解した。  黒雲に跨った死神さんに連行されるくたびれた中年男の魂は、【人殺しの魂】と言う事で、どうも地獄とやらに送られるらしい。  【じゃ、君はもう用無し】、冷たい言葉を吐くと。  ポイッと、雲の上からワタシを放り投げた。落ちた先は、言わずと知れた少女の身体の中だ。  「うぅ~」、呻いて気が付いた時にはすでに手遅れ。名前も知らない少女の身体の中で生き返ってしまった後だったのである。  『死神めッ、覚えていやがれ』、思いっ切り罵ってやったが。  すべては後の祭りだった。救急車のサイレンの音と一緒に運ばれていく、ワタシの魂が入り込んだ見知らぬ少女の身体。  やがて救急病院についたらしく、ストレチャーに乗せられて処置室に運び込まれた。  耳元で、看護師の声が聞こえる。  「若園(わかぞの)さん、分かりますか?」  「若園(わかぞの)祥子(しょうこ)さん」  何度も呼び掛ける。  目を開けてはみたが、誰のことだろうとポカンとした顔をしたらしい。  肩に手をかけて優しく揺すると、顔を覗き込んだ看護士が心配そうな表情になる。  ワタシを呼んでいるのだと気付いたのは、何度も呼び掛けられた後の事で。看護士は意識障害を心配したようだ。  仕方がないじゃ無いか!ほんの少し前までは、ワタシは岩村(いわむら)七重(ななえ)という名前の五十七歳のオバサンだったのだ。いきなり若園祥子とか言われたってねぇ・・  取りあえず「はい」と、弱々しく返事をして置いた。  (若園祥子か)、ちゃんと覚えておこう。  「若園さん、痛いところはありますか」、今度は若い男の声が耳元で聞こえる。  「先生、検査を先にしますか」、さっきの看護士が聞いているところを見ると、この若い声の主はお医者さんらしい。  「この患者さんの親は?」  「連絡はしたんですが、それがねぇ」、訳ありな沈黙の後で、医者の耳にヒソヒソト何事かを囁いた。  「可哀想になぁ」  医者が溜息をつく。  (可哀想って、どういう事だ)、不安がどっと押し寄せる。自分から死神に連れて行ってもらいたがった魂だよ・・普通じゃない。
/147ページ

最初のコメントを投稿しよう!