第二章  昨日の敵は、今日も敵だ!

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 すでに二月も半ばを過ぎ。  一学年でいるのも一か月半を切り、ワタシがまだ、必死でスマホと格闘していた頃の話である。  救急病院の東病棟にある心療内科の診察室では、ワタシの救急担当医だった山口先生を挟んで、有馬女史と三浦看護士が若園祥子の記憶喪失について、話し合いの場を持っていた。  「あの子はまだ、自身を岩村七重だと思っていますか?」、有馬女史が淡々と三浦看護師に聞いた。  「先生が催眠療法を若園祥子さんに試された時、あの子がそう言ったと聞いています。アレはどういう意味だったのですか」  山口先生が気遣わし気な声を出した。以前に治療の成果を聞いた時。催眠状態の若園祥子に名前を尋ねたところ、「私は岩村七重です」と答えたらしい。  「あの子は一緒に事故に遭った岩村七重という女性に、強い贖罪(しょくざい)の気持ちを持っているのかも知れません」、有馬女史がまた淡々と答えた。  そこで三浦看護士が、二月に入って間もないころ。若園祥子から受けた相談の内容を、有馬女史に語った。  退院後、毎週金曜日は心療内科の診察を受けるために通院していた若園祥子なのだが。その日は珍しく三浦看護士を訪ねてきた。  頼みがあるというのだ。  「どうしてもスマホが操作できない。私を助けて下さい」、涙目でそんな事を言った祥子の、心細そうな様子が心配だった。  そこで次の日が非番だった三浦看護士は、次の日の午後になって若園祥子のマンションを訪ねたのである。  伊吹弁護士から若園祥子の私生活についてはそこそこに、聞いてはいたのだが。そのマンションは、高校一年生の少女が一人で暮らすには豪華すぎた。  少なからず驚いたものだ。  しかも祥子に招き入れられたマンションの部屋は、驚くほど片付いていた。通いの家政婦は断ったと聞いたから、掃除を手伝う積もりでエプロンを持参した三浦看護士だったのだが。なんと冷蔵庫の中まで、シッカリと清掃が行き届いていたのである。  『まるで岩村七重さんっていう、五十代の女性が暮らしているみたいだ』、ふとそう思った。  「昨日ね、病院の帰りに料理の本を買ったから、作って見たの」、声こそ十六歳の少女だが、出されたクロワッサン・ダマンドにまたまた驚いた。
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