第二章  昨日の敵は、今日も敵だ!

33/64
前へ
/147ページ
次へ
 「祥子ちゃんはクレジットカーとか、銀行口座は持ってるの?」、聞いてみた。  「伊吹弁護士さんがね、ワタシが前に使ってたものだと言って持って来てくれたの」  なるほどと、云うような返事が返ってきた。  独り暮らしのマンションだ、事故に遭ったニュースを見た悪い奴が、空き巣に入らないとも限らない。伊吹弁護士は、銀行の通帳やキャッシュカード。クレジットカードを回収して保管していたのだろう。  「そういうことなら、この先のスマホ決済の契約なんかは、弁護士事務所に任せる方が良いわね」  取り敢えず意見を述べて置いた。チャージ方法の説明とか、銀行口座の管理とかは弁護士事務所の仕事だ。  祥子があいまいに頷く。  分かったような、解らなかったような。微妙な顔をしている。どうも岩村七重という人格を勝手に作り上げて、彼女の年齢ならきっとこうだろうと思う設定を自分に課しているように見える。  そう思うと不安になった。  「このままでは、祥子ちゃんは一生。記憶を取り戻せないままなのではないですか?」  三浦看護士の言葉に、山口先生が難しい顔をした。  「あの子の所為で、その岩村さんが死んだ訳じゃないのにな」、深いため息が出る。  「他に何か、特に気が付いたことはありませんか?」、有馬女史がまた、淡々とした質問をした。  「そうですねぇ」、記憶を手繰る。  「最近の祥子ちゃんは、何だかとってもポジティブな感じになってきてはいます」  学校では美術部に入部して楽しんでいるらしいとか、古武術の道場に通って身体を鍛え始めたとか。マンションのカーテンを取り換えたとか。  そんな事を取り留めなく語った。  「状態は安定していますね。もう少し、様子を見ましょう」、それが有馬女史の回答らしい。  「わかりました」、と答えたモノの。少しも不安は解消されず、山口医師と思わず顔を見合わせた。  心療内科の診察室を出てから、病院の食堂で二人がまた話し合った結果。三浦看護士だけでなく、山口医師も時々は、若園祥子の回復に手を貸すことで話が決まった。  「よろしくお願いします」、ホッとした顔の三浦看護士の優しさが、山口先生の心にしみた。まだ三十代の独身医師がほのぼのとした恋心を持てたのは、ひとえに若園祥子のお陰。二人は若園祥子の事を相談するという口実で。  時々、デートを重ねるようになったようで。  頬を染めながら山口医師とのその後を語る三浦看護士の話に、ワタシの罪悪感が癒されたのは言うまでもない。
/147ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加