第二章  昨日の敵は、今日も敵だ!

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 番頭は男の耳に。「ビルから飛び降りてくれたら、借金は棒引きにして遣る」と、悪魔のささやきを流し込んで置いた。  しかも「生命保険会社が支払う保険金で。お前の家族は安泰だな」、と因果を含めてから。番頭は中年男を、オンナの前に引き摺り出した。  生け贄の儀式だった。  「命で支払いなさい。それくらい出来るでしょう?」、オンナが冷たい声で判決を下した。妖艶な笑みを浮かべると、生け贄の活路を絶ったのだ。  心躍るあの瞬間を、オンナは今でもシッカリと覚えている。あの時の男の引き攣った顔と言ったら。アレほど面白いものを見たのは久しぶりだった。  その計画を実行するに当たっては、番頭が金で飼っている掃除屋も使った。実行犯は関係のない世界から選ぶのが鉄則、失敗は許さない。  隠密をそこら中に撒いておくのは、オンナの実家の方針だ。祥子のマンションも圏外に置いてはいない。  彬が祥子にメールを入れたことを知ったのも、伊吹弁護士に命じて祥子のマンションに潜入させておいた家政婦からのご注進。  祥子のマンションの掃除に入った日に、こっそりと祥子のスマホを覗くのが家政婦の仕事なのだ。その日も祥子のスマホに残る、彬からのメールを盗み見た。  「そう、よくやったわ」、褒めて置いた。後で家政婦に特別ボーナスを振り込んでおこう。  「彬ったら。祥子をクリスマスに呼び出したのね。やっぱり愛人の産んだ卑しい者同士だわ、気が合うのねぇ」、フグッと嗤った。  そんなビックチャンスを無駄にするのは勿体ない!祥子を始末する好機の到来。(カモが葱をしょってきたのだ)  夫が他のオンナと淫らな行為の果てに作った卑しい子供たちに、人生を謳歌する権利は認めない。  一つずつ、羽根を毟り取るように。幸せを毟り取ってやるのが、いつの間にかオンナの生きがいになった。  それが彼女の、唯一の楽しみ。  祥子を殺し損なったのは残念だったけど、記憶喪失になるなんて。何て素敵なことになったのだろうと、オンナの口許に艶やかな笑みが浮かぶ。  オンナの名前は美登里、伊豆明久の妻だ。  七年前になる。目障りな長男の明知の足元に、深い穴を掘る手伝いをしてくれたのも、この番頭だった。  それまでも、少しづつ進めていた企みだった。長男の海外出張に同行する部下の中に、実家の息がかかった社員をそっと忍び込ませてきたのだ。懐に蛇を入れたわけだ。  そして七年前、オンナの企みは遂に動き始めた。
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