第一章  十六歳になった日

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 そこへ次の救急患者が運び込まれたため、仕方なく名前や年齢を書きこむ作業を側にいた看護士に頼んだのである。その日は救急搬送が三件も重なって、猫の手も借りたいほど忙しかった。  「とんだクリスマスプレゼントだ」、つい不謹慎にも愚痴が出る。  普段は、自分で全てをやらないと気が済まない完璧主義者の彼だが、その日は自分の怠慢に目を瞑ることにした。若園祥子の保護者への連絡も、そのまま処置室専属の看護士に任せたのである。  任せられた三浦看護士は、生徒手帳に書かれている緊急連絡先に急いで電話をした。だが我慢強く何度も呼び出しコールを鳴らしたにもかかわらず、ついに誰も出なかったのである。  そこで仕方なく、若園祥子が通っている高校に連絡を入れた訳だが。  今度は数コールで高校の事務員が出たので、若園祥子という女子学生が救急搬送された経緯を掻い摘んで説明。事故に遭い、救急病院で治療中であることを告げると、保護者への連絡を頼んだのである。  「緊急連絡先に電話がつながらないので、そちらからお願いできませんか」、いささか性急な言葉遣いだったかもしれない。  「そうでしょうねぇ」、訳の分からぬ相づちの後で、その事務員は面倒くさそうに弁護士事務所の電話番号を教えてくれた。  「若園さんの後見人の弁護士さんです。若園さんのお父様にお電話なさっても無駄ですよ」  「恐らくその電話番号は、若園さんのお父様が経営なさっている会社の、社長室付きの秘書の電話番号でしょうから」  「今日は会社がお休みなので、誰も出ませんよ」、素っ気ない言葉を残して電話が切れた。  そこで三浦看護士は、またまた仕方なくその弁護士事務所に連絡を取ったのである。  「まるでたらい回しですよ」、声に怒りにこもる。  今度は。弁護士事務所の事務員から、弁護士先生は外出中だと告げられた。仕方なさそうに事故の詳細を聞いた後で、「先生には連絡を入れておきます」と言って、呆気なく電話が切れたのだという。  「その弁護士先生ですがね。仕事が終わリ次第、急いでこっちに向かうと。事務局長に直に連絡してきたそうですよ」  「何だか、複雑な事情があるようです」  三浦看護士がため息をついた。  「弁護士さんが来るのかぁ。あの子のお父さんは表に出たくないと言う事だな」、山口医師には縁のない、超裕福な別世界の住人が拘わっていると言う事だろう。  考えるだけ無駄だ。  「検査には保護者の同意が必要だからね、若園祥子さんの後見人が来たら処置室に来てもらってくれ」、事務局へ連絡を入れた。
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