第二章  昨日の敵は、今日も敵だ!

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 さすがの能登(のと)三十郎(さんじゅうろう)も、聞いた話に呆れ返ったが。捨てて置けるような話ではない。慌てて、新聞記者をしている蒼汰の父親を訪ねて行ったようだ。  「だが、アンタは七重嬢ちゃんと。もうそう言う関係を結んだ後だった」、あのクリスマスの朝、蒼汰は七重を【キッチン・アリス】の店の前まで送り届けた。七重が、そうしてくれと頼んだからだ。  その先を話すことを、少しだけ源さんはためらった。  チラッと、蒼汰の顔を見た後で。  「仕方がない」という顔をした。  「お嬢は・・産婦人科医をしている親友の敦子(あつこ)さんから、アフターピルとか言う薬をもらって来なさった」、聞いた蒼汰の顔色が変わった。  親友の診療所からまっすぐに、【キッチン・アリス】に戻って来た七重だったが、アフターピルを飲む決心がどうしても付かなかった。そこで偶然に居合わせた厳さんに、相談したらしい。  「お嬢、今どきだぜ。一人で子供を育ててる母親なんか沢山いる」そう言って、考え直せと止めたのだという。  「お嬢は悩んださ」  「あん時のお嬢の歳じゃ、アレが子供を産む最後のチャンスだったからな」  悩んだ末。  「ワタシに解ってるのはね、厳さん。頼りっきりの母さんと、弟と妹の面倒を見る義務を抱えて生きてるってこと」、ぽつッと呟いた。  「それにね。子供が出来たって知ったら、あのまだ社会に巣立ってもいないアルバイト君はきっと、責任を取るって言い出すわ」、困った顔をした。  四十歳を過ぎた大人のオンナが、二十も年下のアルバイト学生と身体の関係を持ったのだ。誰が考えたって、七重の落ち度だ。  「やっぱりコレを飲むしかないわよね」、寂しそうに笑うと。  七重はアフターピルを口に入れ、コップの水と一緒に一気に飲み干した。だがさすがの七重もその日は、厨房に立つだけの気力がなかったようだ。  「先代の跡を引き継いでから初めて、店を休みなさった」、ボツッと独り言のように呟いた。  だが話はそれで終わらなかった。  その直後。  蒼汰の父親と、源さんの義兄・能登三十郎が店に怒鳴り込んできたらしい。源さんも話の筋から押して、どうも蒼汰と七重の間に起こった艶話に見当をつけて、直談判に押しかけて来たと見た。  「お嬢はなぁ、そりゃあ頭を下げて謝りなさったさ。年甲斐もなく、見っともない真似をしたってな」、蒼汰を睨み付けながら、昔のその時を思い出したのか、悔しそうに顔をしかめた。  「それで・・七重はどうした」、蒼汰の足元が揺れた。そんな事になっているとは、思ってもみなかったのだ。  「お嬢は。アンタに疵が付かない様に、大人のオンナとしてキッチリと後腐れのないケジメを付けると、約束なさったんだ」、源さんが窓の外に視線をはずした。
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