第二章  昨日の敵は、今日も敵だ!

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 七重と蒼汰がせめて、十歳の歳の差だったらと。源さんが不機嫌そうな顔で、執事が淹れた珈琲を(にが)そうに飲んだ。  それが七重と最後に会ったあの日の、七重が切り出した別れ話を生んだのだと。蒼汰も朧気ながらに気が付いた。  源さんは帰り際。どこか恥かしそうに、押しかけて来たことを詫びた。  「もう全部。今じゃ墓の中に入っちまった七重お嬢の、過ぎ去った昔噺よ」  「忘れてくれ」、それが今は亡き七重お嬢への供養になると、寂しそうに笑ったのだという。  そんな経緯から生れたのが、若園祥子になった七重の捕縛作戦だったらしい。相変わらず危険なヤツだ。どこまでストイックに出来上がってるんだ!  まじまじと、蒼汰を観察。  『それで俺に何を頼みに来たんだろう?ややこしい事じゃ無きゃいいけど』、心の中で魔除けの呪文を大急ぎで唱えた。  そんな勇を前にして。  「七重は、大馬鹿モノだッ」  キツイ言葉を吐きながら、目が笑っている不気味な蒼汰を発見。よほど面白いことを思い付いた時に蒼汰が見せる、危険なシグナルだ。  「そこでさぁ、見合いの後でお前の家族を見せたいんだ。七重が捨てたチャンスをもう一度、七重に与えて遣るための布石さ」、言ってる意味が解らんぞッ。  そもそもが、無理のある恋愛をしたお前が悪い。お前が色々とやりまくった策略の所為で、七重はアフターピルを飲む羽目になったんじゃ無いか。  挙句の果て。「蒼汰の父親と、俺の父親に怒鳴り込まれて、ひたすら頭を下げるような目にあったんだぞ」と、言えるモノなら言ってやりたい。  「よく聞け!大馬鹿モノは、お前だッ」、心の中で罵倒しながら、顔に微妙な笑みを張り付た。さらに最近では、癖に為りかけている諦めの表情も追加しつつ。  「良いけどぉ~。ウチの嫁さんにも聞いてみるから、ちょっと返事が待ってくれるかなぁ」、お為ごかしな返事を口にした。  蒼汰が満面の笑みで、勇の手を握る。  「ヤッパリ勇だ。お前だけは味方だと思ってたよ」(勝手のイイ事をほざくな)  「さぁ、ケーキを持ってお前の家に行こうよ。奥さんから桃の節句のご招待を受けてるんだ」、言った後で。耳元で囁いた、次の言葉に蒼くなった。  どうも女房の奴は俺に断りもなく、親父と蒼汰の父親もひな祭りに招待したらしい。蒼汰は俺ん家の暖かな家族団らんの場で、若園祥子とのお見合いの話をする気だと見た。  若園祥子が伊豆家でろくでもない扱いを受けているのは、調査書で証明済みだ。アレを見せられた昭和の生き残りのような親父と、社会部記者だった正義漢の塊のような蒼汰の父親の反応など、押して知るべし。  「今から頭が痛くなって来たぞッ」、蒼汰の背中を睨みながら、しぶしぶ帰途に就いた勇だった。
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