第二章  昨日の敵は、今日も敵だ!

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 若園祥子が美術部に入部して以来、二学年の名物生徒どもの堅固な防衛バリアーに阻まれて、若園祥子の放課後の情報がまるで入ってこなくなった。  しかも記憶喪失からくる自分の不審な言動をカバーするために。祥子のヤツ、明治時代の言葉遣いを真似ると言う姑息な技を使うようになったのだ。  それまでは、いささか時代ずれした昭和の言葉使いの所為で。復帰以来、クラスではずっと浮いた存在だった。  虐めのターゲットに、再び仕立てあげて遣る気だったのに!  「美術部の先輩がね」  「明治の小説にどっぷりと浸かっているのなら、隠さずに見せて置くのが学園生活を円満に過ごす極意だと教えて下さったの」、そんな事をクラスのミーティングの時間に、はにかみながら発表したのだ。  以来。あのカマトト娘は堂々と、明治の言葉遣いで通している。もはや若園祥子は、第二の美術部の有名人だいうと噂まで立っているのだ。手出しが出来ないジレンマに、明美はそうとう苛立っていた。  そこで二学年の美術部員どもを、取り巻きを総動員して徹底的に追跡調査させた。その成果を今、父親の耳に注ぎ込んでいる訳だ。  五島明美はマクベス夫人のように、夢や希望をはるかに通り越した野心に取り付かれているが、性急な言動は好まない。  マクベスは、シェークスピアの四代悲劇の一つだ。「いずれ王になる」とマクベスは魔女に囁かれるが、半信半疑。そのマクベスの背中を押すのが妻の役目という設定だ。その言葉にあおられて、マクベスは殺人を犯して王になる。  だが根が小心者のマクベスは、やがて精神を病んで滅びる。明美にはソコが解せない!  「マクベスに娘がいたら、魔女と妻の両方の役を娘が熟したわ。あんな惨めな敗北をマクベスが喫したのも、協力者が阿呆な妻だったからよ」、そう常々思っているのだ。  父親は言いなりになるロボット仕立てのマクベス、人間じゃないから錯乱などしない。ソコに持って行く為に、常日頃から父親を鍛えてきた。  室蘭優姫のスキャンダルも、父親がどのくらいロボット化したかを試す、丁度良い試金石だ。  先ず。室蘭優姫を利用して、美術部をぶっ潰す。学校が手を焼く曲者揃いの美術部の崩壊が、父親を保護者会会長に押し上げてくれるだろう。そのついでに、目障りな若園祥子も炙り出してやる。  『見せしめに、錯乱するまで(さら)し者にして(なぶ)ってやろうかな』、錯乱した祥子を思い浮かべるだけで、恍惚(こうこつ)として心が蕩けそうだ。  「相手の男は解っているのかい」、直接問いかける父親の声に、ハッと我に返った。白昼夢を楽しんでいる場合じゃない。
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