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せめて結婚式までは、普通の高校生活を送らせてやりたいと思ったのだ。だがこんなに早くに、危惧していた事態が襲ってこようとは。
油断だった。
握った拳の関節が、さらに白くなるほど力がこもる。ユキと暮らし始めて二年、想いは深くなるばかりだ。手を出さずにいられることが、もはや奇跡に等しい!
翔之介はこの齢になって初めて、男が心の芯を燃やして女を愛するという、激しい情念の焔を知った。
「ユキがいない世界でなど、生きて行けるのか?」、自分の呟きが痛い。
それからの三十分あまり。
翔之介はヒリヒリするほどの心配を抱え、ユキの帰りを待った。
「旦那様、ユキ様のお車が玄関先に着きました」、執事が書斎に駆け込んできた。いつもは冷静沈着を絵に描いたような男が、慌てている。ユキが屋敷に来てからの二年間、親身になって世話をして来た男だ。
そう言えば屋敷の使用人たちは皆、ユキのことが大好きだ。ユキの優しさも聡明さも、そして必死でドン・フィエコ家の家風に馴染もうと一生懸命なその姿に、皆が少しづつ心を開いていくのを見て来た。
そして翔之介も、ユキがいなければ生きていけない・・それは、ハッとするほど恐ろしい発見だった。
秘書を押しのけると、書斎から走り出た。
玄関先に止まっているロールスロイスに向かって走り寄る翔之介を、使用人たちも唖然として見守る。
運転手が降りてくるよりも早く、翔之介の手がドアにかかり、ドアを開ける。驚いているユキの腕を強くつかんで、強引に引っ張り降ろすと。そのまま腕の中に包み込んだ。
「ユキ」、名前を呼ぶのももどかしく。そのまま胸に抱き竦めると、ユキのベリーショートな髪に顔を埋めた。
「心配したよ」、翔之介の身体が・・震えている。
怯えたのだ。ユキの身に何かあったらと想うだけで、震えを止められない。生まれた時から「強い跡取りであれ」と言い聞かされて育った翔之介が、始めて経験する恐怖だ。ユキは彼の唯一つの愛。
大きな弱点だ。
だが・・それでも愛おしい!
そのままユキを抱き上げると、さっきまで彼が怯える心を抱えて座っていた書斎に連れて入った。黒い革張りの大きな椅子に腰を下ろすと、ユキを膝の上に乗せる。ユキの暖かな身体をまたキツク抱き締めた。
「ユキ、何処にもいくな」
震える声で呟く。
ユキは抱き竦める翔之介の腕の中で。翔之介の胸に抱かれる喜びに息が止まりそうだった。そっと翔之介の胸にもたれると、彼の匂いを嗅ぐ。
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