第二章  昨日の敵は、今日も敵だ!

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 せめて結婚式までは、普通の高校生活を送らせてやりたいと思ったのだ。だがこんなに早くに、危惧していた事態が襲ってこようとは。  油断だった。  握った拳の関節が、さらに白くなるほど力がこもる。ユキと暮らし始めて二年、想いは深くなるばかりだ。手を出さずにいられることが、もはや奇跡に等しい!  翔之介はこの齢になって初めて、男が心の芯を燃やして女を愛するという、激しい情念の焔を知った。  「ユキがいない世界でなど、生きて行けるのか?」、自分の呟きが痛い。  それからの三十分あまり。  翔之介はヒリヒリするほどの心配を抱え、ユキの帰りを待った。  「旦那様、ユキ様のお車が玄関先に着きました」、執事が書斎に駆け込んできた。いつもは冷静沈着を絵に描いたような男が、慌てている。ユキが屋敷に来てからの二年間、親身になって世話をして来た男だ。  そう言えば屋敷の使用人たちは皆、ユキのことが大好きだ。ユキの優しさも聡明さも、そして必死でドン・フィエコ家の家風に馴染もうと一生懸命なその姿に、皆が少しづつ心を開いていくのを見て来た。  そして翔之介も、ユキがいなければ生きていけない・・それは、ハッとするほど恐ろしい発見だった。  秘書を押しのけると、書斎から走り出た。  玄関先に止まっているロールスロイスに向かって走り寄る翔之介を、使用人たちも唖然として見守る。  運転手が降りてくるよりも早く、翔之介の手がドアにかかり、ドアを開ける。驚いているユキの腕を強くつかんで、強引に引っ張り降ろすと。そのまま腕の中に包み込んだ。  「ユキ」、名前を呼ぶのももどかしく。そのまま胸に抱き竦めると、ユキのベリーショートな髪に顔を埋めた。  「心配したよ」、翔之介の身体が・・震えている。  怯えたのだ。ユキの身に何かあったらと想うだけで、震えを止められない。生まれた時から「強い跡取りであれ」と言い聞かされて育った翔之介が、始めて経験する恐怖だ。ユキは彼の唯一つの愛。  大きな弱点だ。  だが・・それでも愛おしい!  そのままユキを抱き上げると、さっきまで彼が怯える心を抱えて座っていた書斎に連れて入った。黒い革張りの大きな椅子に腰を下ろすと、ユキを膝の上に乗せる。ユキの暖かな身体をまたキツク抱き締めた。  「ユキ、何処にもいくな」  震える声で呟く。  ユキは抱き竦める翔之介の腕の中で。翔之介の胸に抱かれる喜びに息が止まりそうだった。そっと翔之介の胸にもたれると、彼の匂いを嗅ぐ。
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