第一章  十六歳になった日

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 伊豆明久氏の本宅にはすでに、奥さんの産んだ子供が三人と。そこへプラス・愛人が産んだ子供が二人も引き取られているらしい。  さすがの奥さんも。  六人目の子供の面倒を見るのは拒否したようで。弁護士先生の世話でマンションを買い与えられた祥子ちゃんは、中学二年生の時からずっと独り暮らしだったと日記に書いていた。  通いの家政婦さんが一日おきに面倒を見に来る以外はほったらかし。しかも庇ってくれる親がいないカノジョは、高校に進学して以来ずっと、クラスで虐めの対象になっていたらしい。  気が弱くて華奢、そこそこに綺麗で成績がトップクラスだなんて、まさに虐めのターゲットに最適。可哀想な白雪姫になるために生まれて来たような少女だ。  日記には、【いっそ、死んでしまいたい】と何度も書いていた。  「その学校に、私が通うのかぁ」、溜息以外は何もでない発見だ。今から、この先が思いやられる。  それでも、何も自分から死ぬことは無いじゃないか。まだたったの十六歳、これからの遣り様では幾らでも人生を変えていけるのに!  確かに父親は財界の大物で、オンナ癖の悪さでも評判の伊豆明久氏。そんな奴を父に持ったのは、不運と言えば不運と言えなくもないが。  だがモノは考えようだ。愛人だった母親は亡くなっているが、生れた時に認知されているのだから、法律的には問題なく伊豆明久の子供だ。  私の立場から言えば、面倒を見て遣らなければいけない兄弟も、頼ることしか知らない母親もいない。それはそれで人生に何も足枷が無いという事ではないだろうか。  「その点では、アンタはワタシよりも恵まれた環境だったのよ」、心の中で話し掛けて見たが、ヤッパリ返事は還ってこなかった。 (当たり前だよね、敵はすでに天使の仲間入りだもの。やっぱり私はいつものように貧乏くじを引いたのかなぁ・・)  跪いたまま、ウダウダと考え事をしている私の目の前で。テレビでしか見たことがない黒塗りの高級車が、スッと歩道に横づけして停車した。  「ロールスロイスかぁ、初めて見たぞ」、つい独り言が漏れる。  運転手が降りてくると、後部座席のドアを開けて待つなか。ピカピカに磨かれた黒い靴がドアから滑り出た。(可笑しな表現だが、まさにそんな感じだった)  呆然と見ている前で、黒い高級そうなカシミヤのコートに身を包んだ男が降りてきた。手には白い薔薇の大きな花束を握っている。  そのまま、こっちに向かって歩いてくるから。私はあわてて立ち上がると、歩道の縁に退いた。
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