【第五章】告白

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【第五章】告白

陽翔は買ったばかりの冷えたスポーツドリンクを持って凛の控室にやって来た。 凛の姿が見えないので近くを探していると 花山智鶴と凛が話しているのを見つけた。 しかし、声をかけようとした陽翔に気づかず智鶴は凛の手を引いて階段を降りて行ってしまった。 陽翔は胸騒ぎを覚えて跡を追った。 相手の男は確か花山智鶴って言ってたな。 凛が空手雑誌を見てキャーキャー騒いでいたっけ。 いつもの冷静な凛ではなく 真っ赤な顔をして彼の素敵なところ とか言って力説していたのを思い出した。 陽翔は、笑顔が嘘くさくて嫌なヤツだと思っていた。 階段に着くと 上から下を覗き込んで聞き耳を立てた。 「‥僕と付き合って欲しい」 凛と陽翔は同時に固まっていた。 「ありきたりだけど、一目惚れだよ。 返事は後でいいから良く考えておいてくれ」 そう言って階段を上がって行った。 陽翔は急いで壁に隠れて智鶴をやり過ごした。 すぐに階段を降りて行き凛に声をかけた。 凛はポーッとしていて陽翔の声が聞こえていないようだった。 完全に舞い上がっている凛にムッとした陽翔は凛を揺すって声をかけた。 「リンちゃん!」 凛は陽翔のペットボトルを見ると 「これ貸して。」 そう言ってペットボトルを奪い取り 智鶴の跡を追いかけて行ってしまった。 凛は陽翔を見ていなかった。 こんな事は今まで一度も無かった。 言いようのない怒りが込み上げて来た。 凛に対して怒りを覚えるなんて今まで一度も無かったのに。 陽翔は走っていく凛を追いかけた。 ーーーー 凛は智鶴が部屋に入るところを見た。 心を落ち着かせるようにその部屋までゆっくり歩き、 高なる心臓を押さえながらドアを静かに開けた。 「よかったらこれ、飲んでください。」 手に持っていたスポーツドリンクを差し出した。 智鶴と咲良が抱き合っていた。 凛は手に持っていたスポーツドリンクを落としてしまった。 音に気づいた咲良がこちらを見る。 「あ、立花さん? どうしたの?」 と言った。 智鶴は驚いた顔でこちらを見た。 凛の呼吸は荒くなり目眩がした。 それを堪えて口を開いた。 「これって‥どういうこと‥ですか… .? 私に好きって…付き合ってくださいって…」 凛はうわずった声で聞いた。 智鶴は頭を掻いて舌打ちをした。 「見て分かるだろ? 俺たち付き合ってるんだ」 凛は訳が分からず聞き返した。 「同時に二人の女の子と付き合おうとしたんですか?」 智鶴はやれやれという顔をして説明した。 「立花さん、調子良いだろう? 胡蝶に勝たせるために、 立花さんには動揺して調子を崩してもらわなきゃ。 いわば保険だな。 あるだろそういうの? こういうのは戦略だよ。 あーあ、作戦が台無しだぜ。」 そう言うとまた舌打ちをして 「わかったら帰ってくれ」 シッシッと犬でも追い払うような手つきをした。 凛の動揺は、後ろから見ていた陽翔にもよく分かった。 フラフラとしながら部屋を出た凛は、 自分の控室へと向かって行った。 慌てて凛の跡を追った陽翔が肩を貸してあげなければ真っ直ぐ歩けない程だった。 しばらくして小6女子の部の試合が始まった。 試合開始の合図。 先に動いたのは凛だったが、 全ての攻撃をかわされていた。 凛の動きは精彩に欠き、反則を取られ、 後半は咲良に攻められっぱなしだった。 結果は判定に持ち込まれた。 ‥‥‥ 勝利!胡蝶! 「あーあ、調子良かったのに。 急にどうしちゃったんだろう? 凛らしくなかったね」 葵は言ったが陽翔には理由が分かっていた。 判定を聞いた途端、 凛は泣き出してしまった。 咲良は凛に歩み寄ると、 「立花さん。 あんた強いよ。 今度会うときはお互いベストコンディションで試合をしよう。 あいつにはキツいお仕置きをしておくから」 そう言って凛を抱きしめた。 控室に行くと泣きじゃくっている凛の姿があった。 泣いている凛を見るのは初めてだった。 いつも気丈でしっかり者の凛は 決して涙を見せるような女の子ではなかった。 陽翔は動揺したが、いいキミだと思った。 あんなヤツに告白されて浮かれていた リンちゃんが悪いんだ‥。
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