前世と嘘

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本当は寂しさを紛らわしてもらうためだけど、より淫猥な表現をした。気持ちのない行為には変わりないからだ。 「お前はちゃんと相手を見て、その人を好きになろうと努力した。それはすごいことだよ。僕なんて特定の誰かを思うなんて出来ない。ただ性欲を満たしてくれるなら誰でもいいんだ」 だからお前は悪いやつじゃない。 そんなに傷つかなくていいんだ。ましてや僕を思って自分を責める必要なんてない。僕はお前に思われる価値もない人間なんだから。 僕は再びビールを煽って空にすると、次の缶を開けようと手を伸ばした。するとそいつが急に顔を上げて僕をじっと見る。 「嘘だ」 そう言うとそいつは新しく開けたビールの缶を僕から取り上げ、自分で飲む。 「夢の中で、一番多く見たのは最期の別れだけど、次に多かったのは嘘をつかれた場面だった。その場面は何十・・・いや、何百回も見た。そしてその度に、嘘を見破れなかった自分を責めた」 ごくごくと一気に飲むと、空になった缶をぐしゃっと握り潰す。 「いまのお前、嘘をついたあの人と同じ顔してる」 「僕はその人じゃないよ」 その人の生まれ変わりじゃない。 「分かってる。でも同じ顔してる。嘘をついてる顔だ。・・・もうオレは騙されない」 嘘をつく時はみんな同じ顔をするってこと?だけど、全部が嘘じゃない。 「誰とでも寝るのは嘘じゃない」 直視できなくて僕は視線を下に向ける。なのにそいつは、信じられないことを言う。 「だとしても、そんなお前も込みでオレはお前が好きなんだ」 その言葉に視線を上げると、そいつは目を細めて僕を見ている。 「オレはずっとお前の傍にいたわけじゃない。むしろ一緒にいたのはあの高2の発表のときだけで、しかも普通に話したのはたったの一日だ」 そうだ。 僕達がまともに話したのはあの日だけ。 「確かにきっかけは前世の記憶だ。でもお前に違うと否定され、それでも忘れられなくて思い続けて・・・正直記憶は美化されてるかもしれないと思った。だけど今日会ってこうして過ごして、やっぱりオレの思いは変わらない。それでもお前に迷惑がかかるなら、このまままたお前の前から消えようと思った。だけど・・・」 そこで一度言葉を切ったそいつはふっと視線をずらした。 「お前が嘘をついた理由・・・あの人と同じだって思ってもいいのかな?オレ・・・自惚れてもいい?」 ずらした視線をまた戻し、照れたように頬を染めたそいつは僕の目を見る。 じっと見つめるそいつの視線を外せない。思いが籠ったその目は僕の冷えた心に温もりを与えてくれる。そしてその熱は、僕の目元も熱くする。 夢の中の人が、なぜ嘘をついて好きな人から離れたのか僕は知らない。だけど、それはその好きな人のためだってことは知ってる。つまり、その人と同じ理由なら・・・。 僕は小さく頷いた。その拍子に涙が零れる。 僕はそいつが好きだって事を認めた。 するとその瞬間、僕はガバッとそいつに抱きしめられた。あの時以来の抱擁。その力強さと温かさが僕を歓喜させる。だけど、その一方で、こんな自分にその資格はないという思いも湧き起こる。 「僕・・・汚いよ・・・」 そう言って胸を押し返す僕を、さらに強い力で抱きしめる。 「汚くない」 「知らないくせに」 たくさんの男に抱かれてきたことを。 「お前だって知らないだろ。オレのこと」 「お前は相手を思おうとしただろ」 僕はそれすらしなかった。 「でも思えなかったんだから、同じだろ?」 思いが伴わない交わり? 「違う」 「違わない・・・ああ、もううるさい」 そう言って塞がれた唇。熱くて、柔らかい。 「キレイも汚いもない。お前の全てが好きなんだから、それでいいんだよ」 そう言って再び合わされた唇に、僕の目から再び涙が零れる。 何人もの人と、数え切れない夜を過ごしてきた。だけど、この唇だけは誰とも合わさなかった。あの日初めて交わした口付けは、唯一の僕のキレイな思い出だから。
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