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07.
そのバスはふたりの目の前に止まった。ずいぶんと古いバスだ。ベージュ色の車体に紺色のライン。半世紀前からずっと使っているのだろうと思わせるようなバス。
エンジン音がうなり、車体はぶるぶると震えている。行き先表示はぐるぐるとまわる幕のようだが、そこに書いてあるはずの行き先は、真夜中の闇の中でぼんやりとしていてよく見えない。
やがてふたりの目の前でバスのドアが開く。ドアの向こうに現れたのは、あのおじさんだった。
「さぁ、このバスに乗れば他人にうらやましがられる人生を送れるぞ」
おじいさんがふたりを誘う。
本当なのだろうか。翔太は疑わしい視線をおじいさんに向ける。
「バスに乗るくらいなら、特に損することはなさそうだ。俺はバスに乗るよ」
涼介はさっそくバスの開いたドアへ向かう。
「ちょっと待て」
おじいさんが涼介を立ち止まらせる。
「このバスに乗る前に、ひとつ注意をしておこう。このバスに乗れば他人にうらやましがられる人生を送れるが、そのかわりお前の大切なものをひとつ失うことになる。大切なものと言われて、まず心に浮かんだ何か、あるいは誰かをな」
「大事なものをひとつ失う……」
涼介はしばらくなにかを考え、翔太に振り返る。そして翔太をじっと見つめる。やがて、なにか思いついたかのような明るい表情を浮かべる。
「そうだ、君も一緒にこのバスに乗ろう。君も他人からうらやましがられる人生を送れるようになるぞ」
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