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ベストンまでの道のりは快適だった。
遠方への旅に悪路はつきものだが、馬車に揺られる憂鬱さは、綺麗に舗装され整備された道のお陰でまったく気にならず、途中立ち寄った宿場町の治安も良かった。
「ああ、それはクロヴィス様のお陰ですよ」
「クロヴィス様?」
リゼットは不思議顔で聞き返していたが、宿屋の女将さんが言う“クロヴィス様”とは、レアンドルの腹違いの兄だ。
彼はかつて、父王から王太子の指名を受けていた人だった。
「クロヴィス様がここを治めて下さるようになってから、格段に治安も暮らしも良くなって……皆感謝してるんです」
(クロヴィス王子……)
面識はないが、彼の事は父から聞いてよく知っている。
十年以上前、突如表舞台から姿を消した聡明な第一王子クロヴィス。我がベランジェ公爵家は、彼を次期国王にと支持していたそうだ。
クロヴィス王子は、このグランベール王国を統べる国王フィリップと、彼の母である今は亡き王妃シャンタルとの間に生を受けた。
幼い頃より王となる者に相応しい人格と品格、そして優秀な頭脳を持ち合わせ、非の打ち所がないクロヴィスを王太子、そして次期国王に推す者は多かった。
だが正妃亡き後、国王の愛妾であったレアンドルの母は、ありとあらゆる手を使い、我が子を王太子に据えようと画策した。
刺客を送られ毒を盛られ、時に自分を推す貴族らを無惨に殺されたクロヴィスは、それ以上の無益な争いを望まなかった。
そしてクロヴィスは、自分を支持した貴族の立場を脅かさない事を条件とし、王太子の座をレアンドルに譲ったのだ。
国王はクロヴィスに考え直すよう言い聞かせたが、その矢先に突然体調を崩してしまい、今では政務のほとんどを寝所で行うほど、病状は芳しくないらしい。
レアンドルが、アリエノールとの婚約解消の申し渡しをあんな非常識なやり方で強行できたのも、国王の監視の目がなかったからだろう。
(すっかり忘れていたけれど、ベストンにいらっしゃったのよね……)
交易の要港でもある港町ベストン。
穏やかな暮らしを求めた彼が、どうして活気溢れる港町を選んだのかはわからないが、領民は皆彼に感謝し、その人柄を慕っているようだ。
もしクロヴィスが王太子となっていたら、アリエノールがレアンドルの婚約者に選ばれる事も、大勢の前で見世物のようにして惨めに捨てられる事も起こらなかっただろう。
そんな、考えても仕方のない事が頭の中をよぎる。
(誰にだって、捨ててしまいたいものは一つくらいあるわよね)
こんな事を考えるのも、婚約を解消する事になり、いつもくたくたになるまで動かしていた頭と身体を使わなくなったせいだろう。
アリエノールはお日様の匂いのする枕に顔を埋め、ゆっくりと目を閉じた。
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