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 馬車が到着した先にレアンドルはいなかった。  「呼び付けておいて迎えもエスコートもなしか。どうしようもない奴だな」    吐き捨てるように言うクロヴィスに、レアンドルがよこした従者も恐縮するばかりだ。  しかしあのプライドの高いレアンドルだ。  迎えになんて来ないことくらい、アリエノールもクロヴィスも想定済みだった。  「私なら大丈夫です。逆にいなくて良かったです」  本心から出た言葉だったが、それを聞いたクロヴィスはなんだか楽しそうに笑った。  「クロヴィス様?」  「いや、悪くない気分だ」  「?」  「あー、王室の馬車ってやっぱり乗り心地が最高だわ!」  うっかり寝そうになっちゃった。  大きな声で元気に降りてきたリゼットは、多分寝たのだろう。顔が若干むくんでいる。  クロヴィスのエスコートを受け広間の前に着くと、立っていた従者たちが驚きの表情で出迎える。  「あ、あの……ベランジェ公爵令嬢はレアンドル様とのご入場と聞いておりますが……」  「それは間違いだな。ベランジェ公爵令嬢アリエノールは、第一王子クロヴィスと共に入る」  クロヴィスの纏う雰囲気が、従者にそれ以上の発言を許さなかった。  「グ、グランベール第一王子クロヴィス殿下、並びにベランジェ公爵令嬢アリエノール様、ご入場です!」  二人の入場を告げる声に、会場中からざわめきが起きる。  “クロヴィス殿下だと!?”  “殿下とベランジェ公爵令嬢がなぜ!?”  そしてざわめきの後に続いたのは溜め息だ。  (やっぱり……)  会場の御婦人方は我を忘れクロヴィスに見入っている。  思わずクロヴィスと重ねた手に力が入る。  「……可愛いね、アリエノール」  「えっ?」  するとクロヴィスはアリエノールの頬をひと撫でし、美しい金の髪に口づける。  瞬間、会場のあちらこちらで悲鳴のような黄色い声が上がった。  「ク、クロヴィス様っ!」  「まだ心配?」  「う……大…丈夫です……」  熱くなる頬を押さえ、気持ちを落ち着かせようとするアリエノールだったが、クロヴィスの肩越しにぞっとするような視線を感じ、思わず身体が強張った。  「クラリス様……」  今日のクラリスは、レアンドルとの関係を公表し、アリエノールを嘲笑っていたあの日よりも豪華な装いだ。  (えっ?)  気のせいだろうか。こちらに近付いて来ているような気がする。  しかしそれに気付いたのはアリエノールだけではない。不穏な空気に会場中の目がこちらへ向いた。  「クロヴィス様……!」  「私に任せておきなさい」  「でも……!」  「十年分、君を守らせてくれ」  その言葉はアリエノールの心に重く響き、深く安堵させた。  「クロヴィス殿下、先日はベストンで失礼致しました。わたくしはアダン子爵家の、クラリス・アダンと申します」  クラリスは、男を蕩かす極上の笑顔をクロヴィスへと向けた。
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