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 沈黙と、扇越しにヒソヒソと囁く人の声が、さざなみのように押し寄せては引いて、そしてまた押し寄せる。  会場中の視線はクラリスからアリエノールへと移り、彼女がどんな答えを返すのかを今か今かと待っている。  (気味が悪い)  アリエノールは眉間に皺を寄せた。  自分の知るクラリスという女性は、己の行いを恥じて詫びるような殊勝な人間ではない。  他人の婚約者を想おうが、妻子ある男性を想おうが、アリエノールは“恋”という気持ちそのものを否定することは出来ないと思っている。  だが唯一否定するとすれば、その線引きは、そこに相手と相手に関わる人を(おもんばか)る気持ちがあるかないかだ。  止められない気持ちを抱え、相手の本当の幸せを願い苦しみ、叶わない想いに身を焦がしても尚諦められないほどの想いなら、心の中に持ち続けることくらいは許されてもいいと思う。  けれど奪うことで優越感に浸り、奪われた者を嘲り、それを省みることもせず、また次の恋へと身を任せるクラリスの行為は、とても目を瞑ることなど出来ない。  (それに、本当にそれは恋なのかしら)  アリエノールの、クロヴィスへの気持ちは愛なのだろうが、今は恋慕の情の方が濃い気がする。だから思うのだが、この気持ちは、例えクロヴィスから裏切られるようなことがあったとしても、そう簡単に消えるものではない。  アリエノールとそう年の変わらないクラリスが、まるでそれを生業に生きる女性と同じように男性を渡り歩くのは、恋でなければなんのためなのか。  理由はわからない。けれど一つだけわかるのは、目の前の女は嘘をついているということ。    答えを聞かれているのはアリエノールだ。  しかし口を開こうとしたアリエノールをクロヴィスの言葉が遮った。  「そうか。あれはそういうことだったんだね」  まるで、得心したとばかりのクロヴィスの声音に、クラリスは潤んだ瞳ではにかんだ。  「やっぱり……聡明なクロヴィス殿下ならおわかり頂けると思いましたわ……!アリエノール様がわたくしを許せないお気持ちはよくわかります。逆の立場ならわたくしだって……ですからわたくし、クロヴィス殿下のお力を借りながら、生涯をかけてアリエノール様に償いたいと思っておりますの!!」  なぜ、アリエノールに謝罪するのにクロヴィスの力を借りるのだ。  クラリスがクロヴィスの名を呼ぶ度に、怒りが湧く。  アリエノールに対して本当に申し訳ないと思っているのなら、何度断られても罵声を浴びせられても足を運び、謝罪し続けるのが誠意ある行動なのではないだろうか。  「そうか。それは良い心掛けだなクラリス嬢。だがしかし、何をどう謝罪すべきなのかを決めるのはアリエノールだ。そこで提案なのだが……リゼット!」  「はい!」  「あの時、私は途中から参加したものだから、クラリス嬢が愚弟と共にアリエノールにしたことのすべてを知らないんだ」  確かに。クロヴィスが助けに来てくれたのは、アリエノールがクラリスとレアンドルの言葉に傷付き、涙を堪えきれなくなったところであった。  大体の予想はついているのだろうが、そのすべては知らないだろう。  (でもなんでそこでリゼット?)  「リゼット、あの時君はレストランの隅ですべてを見ていたね?だから話してくれないか。あの時あったことをすべて」        
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