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「まず、ここにいる皆様もご存知の通り、レアンドル殿下は姉に婚約解消を告げる際、まるで見世物のような扱いをしました。それが十年もの間、王室にすべてを捧げてきた姉に対してすることでしょうか。私は、あまりに礼儀を欠いたそのなさりように、怒りを禁じ得ませんでした」
リゼットの扇を持つ手が、強く握りすぎて白くなって震えている。
彼女が本気で怒っているのは誰の目にも明らかだった。
「クラリス様にお聞きしたいのですが、あなたはなぜあの日、レアンドル殿下をお止めにならなかったのです?」
「え?」
「姉は、長年王家をお支えしてきたベランジェ公爵家の大切な長女です。あのような非常識な振る舞いは、殿下の資質のみならず、人格を疑われるような事態になったとしても仕方ありません。殿下がそのようなことをなさる前に、誠意を持って諫言するのがあなたの役目だったのではありませんか?それが、殿下と道ならぬ恋に落ちたあなたの、せめてもの責務では?」
冷静にならなければとわかっていても、狼狽えるクラリスを睨みつけるリゼットの心は荒れに荒れていた。
(この尻軽女が……!!)
そもそもおかしいと思っていた。
あの気の小さいレアンドルが、なぜあんな大胆な行動に踏み切れたのか。
リゼットは、クラリスがレアンドルを誘導したのだと踏んでいた。
アリエノールは完璧だ。身分も容姿も才覚も……何よりその内面が。
アリエノールはどう思っていたのか知らないが、リゼットから見た姉は、周りからとても慕われていた。
だから姉の妹であることが誇らしかった。
姉は何も押し付けたりしない。あるがままのリゼットを慈しみ、自由に生きることを許してくれる。その身は、誰よりもなによりも不自由であるのに。
けれどいつか、姉を妬み引き摺り下ろそうとする輩が現れるのではと思っていた。
だが、まさかそれが、姉がすべてを捧げてきたレアンドルと、社交界一の尻軽女だとは思いもしなかった。
きっと姉が羨ましかったのだろう。
その渇望は、数多の男を渡り歩き、どれだけ貢がせても満たされることがなかったはず。
だから姉を蔑み、見下すことで溜飲を下げようとした。この女のやりそうなことだ。
(絶対に、許さない)
姉に付けた傷を何倍にもして返してやる。
二度とこの場に顔を出せないくらいに。
アリエノールはそんなことは望まないだろうが、このままではリゼットの気が済まなかった。
姉はもうすぐクロヴィスのものになる。
クロヴィスならきっと、アリエノールを傷付けるような真似はしない。アリエノールを害する危険性があるものは、人であろうと物であろうと、たとえ塵一つだって近付けないだろう。
だから、これはリゼットがアリエノールにできる最初で最後の恩返しだ。
(思い知らせてやる)
「あの夜会での婚約解消宣言は、本当にレアンドル殿下のご発案ですか?」
すると、リゼットの問いにクラリスは思い付いたとばかりに顔を上げた。
「そ、そうなんです!レアンドル殿下が急に発表なさると言うから……私はお止めしたのです!」
“本当です!”
そう訴えるクラリスの話を本気で聞くものなどここにはいない。
「そうですか……ではベストンでのことをお話致しましょうか。傷心の姉は療養のためにベストンを訪れました。すべてはクラリス様とレアンドル様の不貞のせいです。それなのにあなた方は揃って姉を追い掛けていらっしゃいましたよね?理由は何でしたっけ?」
「そ、それはレアンドルが……そうです!レアンドル殿下がアリエノール様に謝罪しようと、それで……!」
「嫌がる姉をお構いなしに訪問し、何度も手紙を寄越し、無理矢理会食に引っ張り出したんですよね?それでクラリス様は姉に向かってこう仰いましたよね?ベストンへは“婚前旅行”で来たと」
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