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ブチンと、聞こえてはいないが、何かが切れるような音が聞こえたような気がした。
ゴーチエは大仰な仕草で、いかにアリエノールが次期王太子妃として怠慢であったかを切々と説いた。
ゴーチエの言い分はこうだ。
今回のレアンドルの暴挙は、アリエノールがベランジェ公爵家の名を振りかざし、好き放題しすぎたことに耐え兼ねたためだという。
愛妾の子であるレアンドルは、自身の後ろ盾となってくれるベランジェ公爵家を大切に思うからこそ、アリエノールの振る舞いを看過してきたのだと。しかし度が過ぎる振る舞いに耐え兼ねたレアンドルは、精神的な癒やしをクラリスに求めたと。
「そもそもは、アリエノール様がレアンドル殿下に愛想を尽かされたのが原因でしょう?王太子妃とは、夫を補佐しお支えする立場のはず。アリエノール様にそれが出来なかったからこそ、レアンドル殿下は我が娘クラリスに心を移されてしまったのです。クラリスは性根の優しい子です。だからこそ、自暴自棄になっていくレアンドル殿下を見ていられなかった。手を差し伸べずにはいられなかった。そうだよな?」
「ええ、ええ。その通りですお父様!」
ベランジェ公爵家の令嬢で、王太子の婚約者であるアリエノールを出し抜くようで気は引けたが、レアンドルのたっての望みだったから断れなかったと、クラリスも涙ながらに語った。
「ですが、計らずもクラリスがレアンドル殿下のお心を奪ってしまったことで、アリエノール様にはとても辛い思いをさせてしまいました。そこはわたくし共も素直に謝罪し、今後レアンドル殿下と個人的には関わらないとお約束致します」
ゴーチエとクラリスは、アリエノールに向かい揃って頭を下げる。
しかしゴーチエの話はこれだけでは終わらなかった。
「クラリスはこの通り、美しく気立てがよく誰からも愛される娘でございます。これからはアリエノール様を補佐する立場として、より一層王家のために尽くさせて頂く所存。なあ、クラリス?」
「はい、お父様。そしてクロヴィス様にも……」
クラリスは恥ずかしそうにモジモジと身をよじり、上目遣いでクロヴィスを見る。
「ああ、そうだな。クロヴィス殿下も、どうぞ王都のことでしたら遠慮なく娘にお聞き下さい。殿下は長らく王都を離れていらっしゃいましたから、色々とご不便なこともありましょう。今後はどうぞクラリスをお側においてやって下さい」
高笑いするゴーチエ。
今度はバキン、と何かが折れる音が。
アリエノールが音のした方に目をやると、リゼットの手に握られていた扇から、パラパラと粉が落ちていくのが見える。
完全に表情が消え失せた妹は、ゴミよりも汚いものを見るような目でゴーチエを見ていた。
しかしリゼットに気を取られていたアリエノールは、隣にいるクロヴィスの異変には気付いていなかった。
「……ゴーチエ。私は長らく王都を離れていたが、遠いベストンの地にも届く噂があってね」
「噂?」
「そう。何やら社交界を賑わせている女性がいるとか」
「それでしたらきっと、我が娘クラリスの事でしょう!そうですか、ベストンにまで!」
喜色満面のゴーチエは喜びの声を上げる。
「そうなのか?しかし君の娘は性根の美しく優しい子なのだろう?」
「ええそれはもう!ですからその噂の女性とはこの子のことです!」
ゴーチエはクラリスを引き寄せ満足気に笑った。クラリスも頬を染め、父の腕の中からクロヴィスを熱の籠もった目で見つめている。
「おかしいね。私が聞いた話だと、近頃社交界を賑わすその女性とは、とんでもないアバズレだと聞いたのだが?」
「……は?」
「妻子ある男でも関係なく身体の関係を持ち、金品を貢がせて捨てるのだとか。そして関係が終わる時には、決まってその父親までもが脅迫してくるそうだよ?“嫁入り前の娘に手を出したのだから責任を取れ”とね。そうか、その噂の女性が君の自慢の娘だったのか」
「!」
クロヴィスの言葉に呆然としたゴーチエだったが、次の瞬間顔を紅潮させた。
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