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 「クロヴィス殿下!いくらなんでもお言葉が過ぎますぞ!」  ゴーチエはわなわなと震え、怒りを露にした。  「どこの誰がそんな噂!クラリスをそのようなアバズレと一緒になさるなんて、とんだ侮辱です!」  「そうですわ!わたくし……わたくしはまだ清い身体のままです!!あんまりだわ!!」  泣き叫ぶクラリスだったが、その時、一人の女性が前へと歩み出た。  (あれは……ビアンカ様)  アリエノールはその女性をよく知っていた。  メディナ伯爵家に嫁いだ、アリエノールの友人だ。  もっとも、友人だと思っていたのは自分だけだったのかもしれないが。  あの夜会以降、何の音沙汰もなかった彼女が一体どうしたのだろう。  アリエノールは黙ってビアンカの行動を見守った。  ビアンカは優雅に礼を取り、クロヴィスから発言の許可を待っている。  「そなたは?」  「メディナ伯爵家のビアンカと申します。クロヴィス殿下がお聞きしたという噂について、わたくしから少しご説明させて頂いてもよろしいでしょうか」  「良いだろう。話してみなさい」  ビアンカは姿勢を正し、胸を張った。  そしてちらりとアリエノールの顔を見て、穏やかな笑みをこぼしたあと、再び表情を引き締めた。  「お久しぶりですわね、クラリス様」  「え、ええ。そうですわね、ビアンカ様」  クラリスの視線はビアンカの後ろ、おろおろと妻の突然の行動に青ざめるメディナ伯爵へと向いている。  その様子を見る限り、伯爵にも想定外の出来事であるのは明らかだ。  「それにしても……素敵なネックレスですわね。ルビーかしら?この日のために奮発されたのね?」  クラリスの胸元には、クロヴィスがアリエノールに贈った物ほどではないが、そこそこ粒の大きいルビーが輝いていた。  よほどいい伝手がなければ、相当な対価を払わされる品物だ。  「どちらで購入されたのかしら?よろしければわたくしにも教えて下さらない?」  「え……あ……これは……その……」  ビアンカの後ろでメディナ伯爵は顔面蒼白だ。  (まさか……!)  アリエノールは、最後にビアンカに会った夜会間近のお茶会で、いつも朗らかな彼女が珍しく元気が無かったことを思い出した。  “気になさらないで”  あの時力なく微笑んだ友人は、もしかしたらアリエノールと同じ悩みを抱えていたのかもしれない。  「あら、覚えてらっしゃらないの?じゃあ主人に聞いてみようかしら。あなた、これ、どちらで購入したのかしら」  “これ”と、クラリスのネックレスを指すビアンカ。打って変わったような冷たい口調にメディナ伯爵は涙目になり、まるで必死になにかを訴え掛けているように見える。  しかし、ビアンカには彼を思いやる様子など微塵もない。  「早く仰いなさいな!それが、あなたが私にできる最高の償いですわよ!!」  メディナ伯爵は、それでもしばらくはなにも言わずじっとしていたが、やがて諦めたのか、ビアンカの隣までやってきた。  「ク、クロヴィス殿下。ペドロ・メディナでございます」  「うむ。ではペドロ、なぜ君がクラリス嬢のネックレスを取り扱っている店を知っているんだい?紹介でもしてあげたの?」  「そ、それは……」  しかし、両手の指を胸の前で擦り合わせ、落ち着かないペドロに、ビアンカが扇の裏で何かを囁いた。  会話の内容は聞こえなかったが、ビアンカの声に恐ろしくドスが利いていたことだけはわかる。  トドメとばかりに脅されたのだろう。ペドロは肩を落とし、まるで懺悔するかのように語り始めた。  「……そのネックレスは、城下町にあるヒメノ宝石店のものです。つい最近、クラリス嬢にせがまれて私が購入しました……」  
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