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 「この大馬鹿者がぁっ!!」  「痛っ……!!お、落ち着いて下さい父上!」  息子レアンドルのしでかした事について、寝台の上で聞いていた国王フィリップは激昂した。  今まで、一度たりとも手を上げたことのなかった息子に向かって、側にあった重厚な装丁の書籍を思い切り投げつけたのだ。  「アリエノールと婚約解消などと……勝手な真似をしおってこの馬鹿息子が!!」  レアンドルは、生まれてから一度も見たことのない父の形相に怯えた。  昔から厳しい人ではあったが、それもこれも王太子たる自分に期待する親心からだと、レアンドルは自分を納得させてきた。  しかし今の父から感じる怒気は、親心ではない。この国の国王、為政者としての怒りだ。  なぜアリエノールとの婚約解消がここまで父の気に触ったのか。  「父上、ベランジェ公爵家などに頼らずともこの国なら私が立派に導いて見せます!」  ベランジェ公爵家の勢力は確かに強大だが、グランベールに公爵家はあと二つ存在する。  「アリエノールとの婚約解消は、これまで好き勝手させてきたベランジェ公爵家の力を削ぐのに丁度いい機会でしょう。他家との均衡を保つ事も、国にとっては重要な事です!」  そうだ。あの口煩いばかりで忌々しいベランジェ公爵など、輝かしい自分の未来には必要ない。  「そして王妃に相応しいのはアリエノールではなくクラリスです!聖母のような彼女が王妃となれば、国民もさぞかし喜ぶ事でしょう!」  しかしレアンドルのこの言葉が、フィリップの怒りの炎に更なる油を注いだ。  「くだらん戯言を言っている暇があるなら早くアリエノールの元へ行き謝罪しろ!そして婚約解消を取り消して来い!」  「父上!?」  「うるさい!できぬならお前は廃嫡だ!わかったな!」  しかし納得の出来ないレアンドルは、その後も何だかんだと騒いでいたが、最後にはフィリップ直属の騎士によって部屋からつまみ出されてしまった。    「……何なんだ一体」  なぜ自分がアリエノールに謝罪などしなければならないのか。  (あの時の顔……)  婚約解消を告げた時のアリエノールの表情は、思い出すだけで腹立たしい。  泣いて喚いて“捨てないで”と縋り付きさえすれば、第二妃くらいには考えてやっても良かったのに。  そもそもアリエノールは昔から天の邪鬼なところがある。  何でも私より先に習得しては口煩く言うのだ。  『レアンドル様は王太子なのです。そのような振る舞いは民のためにもご自身のためにもなりません』  アリエノールの父親、ベランジェ公爵そっくりの口調には、いつもうんざりしていた。  「まあいいさ、私は優しいんだ」  きっといきなり婚約解消を突き付けられて、意地になっているだけだろう。  プライドだけは高い女だ。  家門の繁栄だけが目当ての卑しい一族め。    「いい気になっていられるのも父上が死ぬまでだ」      
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