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8
「セザールを……ベランジェ公爵を呼んでくれ」
国王フィリップは力ない声でそう言うと、寝台に身体を横たえた。
自由のきかない身体が恨めしい。
この身体さえ動いてくれればこんな事にはならなかったのに。
(あれはなにもわかっていない)
ベランジェ公爵家は言わば王家の盾だ。
アリエノールの父セザールことベランジェ公爵は、これまで王位簒奪を狙った反体制派の陰謀から、幾度となく王家の窮地を救ってきた。
時には己の命も危ぶまれる事さえあったにも関わらず、なにも見返りを求めようとしない彼の誠実さと忠義に心を打たれたフィリップは、心から彼を信頼し、第一王子クロヴィスが率いる王国の未来を共に支えてやって欲しいと、セザールに懇願した過去がある。
そしてクロヴィスの資質を認め、早々に支持を表明していたセザールも、フィリップの願いに二つ返事で応えてくれた。
そして更に、最愛の娘アリエノールをクロヴィスの婚約者に据える事も承諾してくれたのだ。
しかし度重なる政争に嫌気が差したクロヴィスは、フィリップの必死の説得も虚しく、王太子の座を辞退してしまった。
未熟なレアンドルではこの国を背負う事など出来はしない。国の未来を憂えたフィリップは、再びセザールに懇願した。
どうか不出来な息子をアリエノールと共に支えてやって欲しいと。
アリエノールは心優しく、とても聡い娘だった。そして既にクロヴィスの婚約者となるべく、本人にはまだ秘密に、王太子妃としての教育を始めていたところだった。
レアンドルに愛娘をやる事に抵抗のあったセザールであったが、国の未来を憂える心はフィリップと同じだった。
しばらく返事を保留していたセザールだったが、最後には頷いてくれたのだ。
アリエノールはフィリップの最後の希望だった。それなのに……
「クロヴィス……お前さえいてくれれば……」
フィリップは、今は遠い地で暮らす長男に思いを馳せる。
異母弟が王の器でない事くらい、クロヴィスは誰よりも理解していたはずだ。
そしていくら無益な血が流れたとはいえ、クロヴィスはそれを理由にすべてを放棄するような男ではない。
「お前は今…何を考えている?」
問い掛けは、宙に消えた。
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