野ざらしを心に風のしむ身かな

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『野ざらしを心に風のしむ身かな』 ——旅の途中で野たれ死んでしゃれこうべになるかもしれない。 そんな覚悟を心持ちにする僕の身に、秋風が沁みる—— 五・七・五まで書いたところで、筆が止まる。 西行法師のように『和歌』を詠むなら あと七・七を作らなければならないが、 芭蕉はそれ以上の言葉が浮かばなかった。 「……まあ、思いついたら残りを書けばいいか」 芭蕉は和歌を完成させることを諦め、再び歩き始めた。 その晩、芭蕉は旅籠に宿泊した。 ——そして、彼は悲劇に見舞われることとなる。 「有り金すべて出せ!!」 夜中、宿泊客が皆寝静まっていた頃 突然大きな声と何人もの足音が聞こえ、芭蕉が目を覚ますと 旅籠の中を盗賊の集団が占拠したことを把握した。 「お前達、荷物をまとめて一箇所に集まれ」 武器を突きつけられた芭蕉は、他の客たちと同じように 抵抗する術なく、旅籠の広間に集められた。 そして盗賊たちは、一人一人に荷物の中身を広げさせ、 金目のものや金銭だけを奪い取り始めた。 芭蕉は、刀のようなものをちらつかせ 客たちが逃げ出さないよう見張っている盗賊に怯えながらも いざ自分の番が回って来た時、荷物を開ける手がぴたりと止まった。 このお金は、子ども達が必死でかき集めてくれたもの。 僕が旅先で素晴らしいものを見て体験してくることを願ってくれた、皆の優しさの結晶だ。 僕の為に身を削って用意してくれたお金を こんな奴らに渡すことなんてできない—— 「おい。次はお前の番だぞ。 早く荷物の口を開けて中身を出せ」 「……嫌……です」 「はあ?!」 「……このお金は……僕の教え子達が 必死で集めてくれた、大切な旅の資金です……。 僕の持っているものはすべて、僕のものであり、子ども達のものでもある。 見ず知らずのあなた方に渡すことはできません……」
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