野ざらしを心に風のしむ身かな

5/21
前へ
/332ページ
次へ
「そうだよ」 曽良があっさり告げると、 「あの盗賊たちを倒したの?!」 と芭蕉は目を見開いて尋ねた。 「倒したというか……。 人数が多かったから、まともに刀でやり合うのは分が悪いと思って 眠り薬の粉末を広間中に放ったんだ」 「!——霞扇の術を使ったんだね!」 「そう。それで、盗賊たちが眠った後で彼らを縄で縛り上げ、役人を呼んで引き渡した。 他の客たちも無事だよ」 話を聞いた芭蕉は、 「やっぱり、曽良は凄い……!」 と目をキラキラさせて言った。 「それより、金作はどうしてここ——江戸に程近い宿場町にいるんだ? それにさっき、盗賊たちに言ってたよな。 『この金は教え子達が集めてくれたものだ』って。 教え子って何のことだ?」 すると芭蕉は、もじもじと俯きながら答えた。 「実は——曽良が御上お抱えの忍として江戸に発った数年後に、僕も里を出てきたんだ。 それで今は、江戸の町で子ども達に学問を教えることを生業にして生活している」 「里を出てきた? よく里長——お父上が許してくれたな。 てっきり俺は、金作が後を継ぐのだとばかり——」 「出てきたと言うか、逃げ出して来たんだ」 「え?!」 曽良があんぐりと口を開けると、芭蕉は慌ててこう言った。 「だ、だって!! 曽良が僕に言ってくれたじゃないか! 自分の力で新しい人生を切り拓け、って——。 だから僕は、必死で学問を身につけた。 他者から命を狙われてばかりだった僕が 人の命を奪う忍の仕事をするのは向かないと思ったから……。 あの頃だって、曽良にいつも助けられてきたし……」 すると曽良は、小さく微笑んで言った。 「でも金作は、自分一人で戦えるようになったじゃないか」 「え?!」 芭蕉は目を丸めた後、ブンブンと首を横に振った。 「とんでもない!僕は江戸に来てから 誰かと戦ったこともなければ喧嘩したこともない! あの盗賊たちにだって、戦ったらきっと負けて殺されていた。 まさかあそこに曽良が居合わせていたなんて思いもしなかったから…… 自分の力でどうにかするしかないと必死で——……ん?」 そう言いかけて、芭蕉はふと気になることを思い出した。 「曽良はどうしてあの旅籠に居たの?」
/332ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加