野ざらしを心に風のしむ身かな

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芭蕉は、自分は教え子たちが工面してくれたお金で 初めての伊勢参りに出る道中だったことを話した。 「もしかして曽良も旅に?」 すると曽良は、少し間を置いてからこう答えた。 「いや。この辺りで最近盗賊たちが悪さをしていると言う触れ込みがあってね。 御上が忍達に辺り一体を張り込むよう命じたんだ。 俺が偶々張り込んでいた宿に盗賊が出没し、 そして偶々その場に金作も居合わせたわけだ」 「そっかあ……。偶然だったのか……」 芭蕉は曽良の話に納得しつつ、 「でも、偶然なら尚のこと嬉しい!」 と笑みを浮かべて言った。 「僕、ずっと曽良に会いたかったんだ。 あの時のこと、謝りたくて……」 「謝る?俺に?何を」 「曽良が江戸へ行くことが決まった時、 本当は『おめでとう』って言葉を掛けたかったのに……言えなかったから。 だからいつかまた曽良に会えたら、その時のことを謝りたいと思っていた。 それから、曽良には沢山お世話になったから 『ありがとう』とも伝えたかったんだ」 すると曽良は、少し間を置いた後、小さく息を吐き出した。 「——謝らなければならないのは俺の方だ」 「え……?」 「俺はあの頃『金作に襲い掛かる脅威は俺が排除する』——そう言った。 それなのに俺は、金作を置いて里を出た」 すると芭蕉は、ブンブンと首を横に振った。 「曽良が謝ることなんてない! 御上から賜った命を断ることなんて出来ないって曽良も言っていたし、 そもそも自分の身すら自分で守れないくらい弱い僕が悪いんだ。 僕は曽良を頼るばかりで、曽良のために何もしてあげられなかった——」 「仲間を助けるのは当然のことだ。 俺は金作を弱いなんて思ってない」 曽良は穏やかな声でそう言うと、「それに」と続けた。 「それに——金作だって子ども達に学問を教えているんだろう? 自分より幼く非力な者達に、学を付けさせ将来の道を切り拓いてやっている。 金作も、子ども達を守っていることには変わりないだろ?」
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