野ざらしを心に風のしむ身かな

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「相談?」 「この歌なんだけど……」 芭蕉は、持っていた荷物の中から 詠みかけだった歌を書いた紙を見せた。 「野ざらしを心に風のしむ身かな—— これ……金作が作ったのか?」 「う、うん。 この旅で見たものや感じたことを、日記の代わりに歌で書き留めておこうかなって。 ……でも、歌は五・七・五の上の句と 七・七の下の句で完成するのに、下の句が浮かばなくて。 僕に歌を詠む才能がないから仕方ないんだけれど、 この上の句のあとにどんな言葉を入れたらいいか、誰かに相談したいと思っていたんだ」 芭蕉が言うと、曽良は口元に手を当てて少し考えた後、こう告げた。 「いや、これはこのままでいいと思うぞ。 むしろ無理に下の句を足すと台無しになるかもしれないし」 「えっ。けれどそれじゃ歌は完成しない——」 「俳句、って知っているか?」 「俳句?」 芭蕉がきょとんとすると、曽良は 「俺もあまり詳しくはないけれど」 と前置きした上で続けた。 「俳句とは、季語を用いて五・七・五の十七音で完成するものらしい。 ——御上が趣味で俳句を作ることがあってね。 それで、俺も付き合いのために少しだけ俳句について調べたことがある。 無理に上の句と下の句がある歌を詠むより、 はじめから俳句として短い言葉の中に 金作の感じたことを集約させたっていいんじゃないか?」 「俳句……。そうか、そういうものもあるのか」 芭蕉は曽良の話を聞き、『和歌』ではなく『俳句』として 処女作を完成させることを決めた。 「うん……僕も、ここに無理に何か言葉を足すより これはこれで完成させた方が良い気がしてきた」 「——それにしても……ははっ」 芭蕉がしげしげと紙を眺めていると、曽良は小さく噴き出して言った。 「自分が野たれ死んでしゃれこうべになるかもしれない、なんてことを旅の最初に詠むなんて 中々面白いことを書いたものだな」
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