野ざらしを心に風のしむ身かな

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「——いやいや!」 曽良は暫くぽかんと口を開けていたが、やがて慌てて首を横に振った。 「駄目だ!今の話を聞いていたろう? この旅がいかに危険で果てしないものかってこと——」 「僕は曽良の旅を手伝う!!」 「や、手伝うったって……。 芭蕉は人を殺したことはおろか、誰かに怪我を負わせたことだってないだろ?」 「父上との修行で、何度か父上に拳を当てたことがあるよ!」 「これは修行じゃない」 「分かってるよ!」 芭蕉は大きな声で叫ぶと、肩で息をしながら続けた。 「……っ、僕は人より気が弱くて、体力も無くて—— 長の息子なのに人の足を引っ張ることしかできず、 挙句の果てに里を抜け出してきた謀反人だ……。 だけど僕にだって、できることはあるよ。 刀や手裏剣の扱いは下手だったけど、 例えば人に学問を教えることは得意だし……。 忍としてではなく、もっと別の形で曽良の役に立てることがあると思うんだ」 「芭蕉……」 曽良が戸惑っていると、芭蕉はハッとしたように文机に近寄り、 書きかけだった俳句集を手に取った。 「——これだ」 「え?」 芭蕉は、呆然とする曽良に向き直ると、 俳句集を両手で広げて見せた。 「曽良の旅で、僕が役に立てることを見つけた。 僕に忍としての心得はないけれど、 僕には一つだけ『武器』があったよ」 「まさか……、俳句……?」 曽良がゆっくりと尋ねると、芭蕉は顔に笑みを浮かべながら頷いた。 「旅の道中、敵に付けられたり誰かに怪しまれることがあれば、僕が俳句を詠むんだ。 僕が俳人として曽良と一緒に旅することで 敵を欺き、曽良の正体を隠してみせるよ!」
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