野ざらしを心に風のしむ身かな

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『草の戸も住み替はる代ぞ雛の家』 「——よし!」 「何を書いているんだ?」 芭蕉が筆を置いたのを見て、曽良が芭蕉の手元を覗き込んだ。 「草の戸……?なんだ、早速俳句を詠んでいたのか」 「うん!この旅での、記念すべき最初の一句だ!」 「はは、まだ家の戸を出たばかりなのに気が早いなあ……」 この旅の目的が倒幕派志士の抹殺だということを分かっているのだろうか……。 曽良は苦笑いを浮かべながら芭蕉を見た。 「ちなみにどういう意味なんだ?」 曽良が問いかけると、芭蕉は目をキラキラと輝かせながら答えた。 「ええと——今の我が家は僕が住み慣らした草庵だけれども、 僕がここに戻らず他の誰かが越してくるようなことがあれば こんなみすぼらしい家でも雛人形を飾ったりして華やかになることもあるのかな……。 って、この家を眺めながら想像してみたんだ」 「……芭蕉はここに帰って来れるよ」 句の意味を聞いた曽良は呟くように言った。 「ここはずっと松尾芭蕉の家だ」 「……ふふ」 芭蕉は場の空気を濁すように笑ってみせた。 「じゃあ、そろそろ行こうか」 芭蕉と曽良は揃って歩き出すと、まずは草加を目指して進み始めた。 空が白み始め、深川の町に人通りが増えて行く。 その中で二人が浮くことのないよう、 旅人らしい装いで、誰に聞かれても差し障りのない世間話を時折交える芭蕉達だったが 千住辺りまで歩いたところで声を掛けられた。 「あれ?もしかして——先生?!」
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