対決

8/10
前へ
/332ページ
次へ
庄助に連れられて、彼の部屋まで歩いてきた芭蕉は 足の痛みを抑えながら戸の前に立った。 「じゃ、俺は仕事に戻るからごゆっくり」 「ありがとう、庄助殿」 庄助が去った後、芭蕉は大きく息を吸いこんだ。 ——五年ぶりだ。 正確には、意識を手放す前にも曽良と会って会話を交わしたけれど…… あの時は再会を懐かしむ暇もなかったし、 改めて顔を合わせるのはなんだか緊張するな。 最初に何て声を掛けよう。 『久しぶり!』じゃ、軽すぎるか。 ……どうしてこんなに心がざわつくんだろう。 落ち着け、自分…… 何度か深呼吸した後、芭蕉は意を決して戸を開けた。 ——部屋の中で、曽良は眠っていた。 静かに寝息を立てている曽良の姿に、 芭蕉はどこかほっとする気持ちを覚えた。 曽良……ほんとに曽良だ。 ちゃんと生きてる…… 生きて、会えたんだ…… 芭蕉は曽良を起こさないよう、静かに部屋の戸を閉め切ると そっと曽良の眠る枕元まで近づいて行った。 座り込み、曽良の寝顔を覗き込むと、 先程までの緊張から一変して安堵の気持ちが広がっていった。 良かった……本当に良かった、曽良……! 酷くやつれてしまったけれど、ちゃんと曽良だ。 最後に引き離されたあの日から、ずっと会いたいと願ってきた曽良が目の前に居る。 曽良が目を覚ましたら、まずはどこから話そう。 里でどんなことがあったか順序立てて話すべきか、 それとも服部半蔵と対峙した経緯から遡って話そうか。 ……ああ、でも、そんなことは重要じゃない。 僕がどれだけ君の身を案じていたか、 どれだけ君との再会を待ち侘びていたかも、 言葉で言い表すことはできないだろう。 だから言葉の代わりに、うんと君と触れ合いたい。 曽良が寝ているのに、勝手に触れたりしたら良くないかもしれないけど…… 「曽良、ごめん……許してね」 君の顔を見たら、たまらなく嬉しくて—— 君が目を覚ますまで、我慢できそうにない—— 芭蕉はそっと顔を近付けると、 眠っている曽良に自分の唇を重ねた。 ああ、温かい。 曽良が生きてる温かさだ—— 芭蕉が思わず瞳に涙を浮かべつつ、唇を離そうとすると—— 「……芭蕉」 「!」 曽良の瞼が静かに開かれ、芭蕉は思わず固まってしまった。 「ご、ごめん——」 一瞬の間の後、芭蕉が慌てて仰け反ろうとすると、 曽良は芭蕉の背中に腕を伸ばし、その動きを封じた。 そしてそのまま芭蕉を引き寄せると、 腕に力を込めてその身体を抱き締めた。
/332ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加