対決

9/10
前へ
/332ページ
次へ
「……ッ」 芭蕉はたまらず、瞳に溜めていた涙をボタボタと溢した。 「曽良……っ!」 芭蕉も寝ている曽良を抱き締め返すと、曽良はさらに腕に力を込めた。 「曽良……、曽良……!」 芭蕉が泣きながら曽良の首筋に顔をうずめると、 曽良は背中に回していた腕を芭蕉の頬に添えた。 「顔……見せて」 芭蕉がそっと顔を上げ、寝ている曽良を覗き込むようにして向き合うと、曽良は安堵したような笑みを浮かべた。 「良かった……芭蕉だ」 「そうだよ……!僕だよ、曽良……! やっと、やっと会えた……」 「はは。驚くほど変わってないな」 「……曽良は……やつれたね……」 芭蕉は頬の痩せこけた曽良を見て、思わず涙ぐんだ。 「五年も……。 僕が時間をかけ過ぎたせいで、曽良はずっと閉じ込められたままで…… 辛かったでしょう……? 本当にごめん……」 すると曽良は、口元に笑みを浮かべた。 「閉じ込められてはいたけれど、食事は毎日出たし、牢の中でも身体を鍛えていたから なんなら忍として働いていた頃より規則正しく暮らしていたくらいだよ。 ……庄助も、よく話し相手になってくれたしな。 それに、芭蕉が責任を感じることなんてない。 何より俺を助けてくれたのは芭蕉なんだから」 「違うよ……。 曽良を出してくれたのは庄助殿だと聞いたし、 服部半蔵にとどめを刺してくれたのは曽良だ。 それに比べて僕は——」 「——芭蕉」 曽良は芭蕉の言葉を遮ると、布団から身体を起こした。 そして涙で顔を濡らしている芭蕉を見つめ、目を細めた。 「芭蕉、俺は…… たとえ二度と会えなくても、芭蕉が生きてさえいてくれたら良いと思ってた。 芭蕉がこの世のどこかで元気に暮らしていると想像するだけで、俺も生きていようと思えた。 それ以上のことは望んでいなかったんだよ」 そう言うと、曽良は芭蕉の肩にもたれかかった。 「——だけど、芭蕉は俺に会いに来てくれた。 こうしてまた芭蕉に触れることができた。 ……俺が今、どんなに幸せかを知って欲しい。 そうしたら、もう芭蕉の口から『ごめん』なんて言葉は出て来ないはずだ」 「……ッ。うん……!」 芭蕉は瞼を閉じると、自分も曽良の肩に顔を乗せた。 「僕も……幸せだよ。 曽良に会えて、曽良に触れられて—— 夢を見ているんじゃないかとすら思う」 すると曽良は、少しの間の後にこう言った。 「——夢じゃ無いってこと、確かめさせて」 「……うん」 芭蕉は曽良の言葉を理解すると、顔を上げ、自分の着物の襟元を開いていった。 曽良は芭蕉の帯紐を解くと、露わになった身体に指先を乗せた。 「……温かい」 そう呟いた曽良の目元には、うっすらと涙が浮かんでいた。 「曽良——」 それを見た芭蕉はたまらず、曽良の首に両腕を回し、耳元で囁いた。 「僕が今生きていられるのは、全部君のお陰なんだ。 僕の命は君が守ってくれたものだ。 だから僕の身体も——全部、君のものにして」
/332ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加