対決

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——それから、夢中で互いの身体を求め続けた二人は 曽良が何度も果てるまで重なり合った。 果て尽くした曽良が芭蕉の上に倒れ込むと、 両手の指先を絡めたまま芭蕉が呟いた。 「今この瞬間に人生を終えられたら、どんなに幸せだろう——」 すると曽良は、額に汗を浮かべたまま返した。 「……終わりたくない。 少しでも長く生きて、芭蕉の作る句を聴きたい」 「曽良がずっと側に居てくれるなら、僕もまだまだ沢山生きていたいよ。 それに俳句も、曽良が一緒だからこそ言葉が湧き上がってくるんだ」 「……俳句の旅、途中で終わってしまったよな」 曽良はそう言うと、汗を拭って芭蕉の隣に横たわった。 「はは……。あれは俳句の旅に見せかけた、曽良の旅だよ」 「今度は芭蕉の旅に出掛けよう」 「え?」 芭蕉が目を見開くと、曽良は微笑んでみせた。 「芭蕉と最後に別れたあの地から、旅を再開しよう」 「……いいの?」 芭蕉が瞳を輝かせると、曽良は頷いた。 「俺たちはもう、何も縛られるものがない。 果てのない旅を、いつまでも続けられる。 ——たとえ旅の道中で力尽きることがあったとしても…… その時は芭蕉が側に居てくれるだろう?」 「……うん。うん……、約束する。 僕達、これからはずっと一緒だよ。 同じ景色を見て、同じ布団で寝て、同じ夢を見て生きていこう。 旅先で色んなものに触れて…… 僕と曽良、それぞれで異なる感じ方を 分かち合いながら生きていこう」 芭蕉が笑顔で言うと、曽良は思わず息を呑み、固まった。 ——人を殺し、業を背負った道を歩く自分では 芭蕉と同じような感性を持つことはできないだろうと思っていた。 穢れのない瞳で、純粋な心で句を詠む芭蕉と 自分は対極にいる存在だと思ってきた。 だからこそ芭蕉が輝いて見えたし、その輝きを消してしまわないよう 穢れたものはすべて自分が引き受ける覚悟で戦ってきた。 だが芭蕉は、自身と曽良が違った感じ方をすることを当たり前に受け入れていた。 同じ景色を見ても、違った捉え方をすることはごく当たり前であることを 芭蕉は初めから、自然に受け止めていた。 芭蕉のような美しい句を、穢れた自分では詠むことができない—— 曽良はそう卑下していたが、 曽良の目を通して感じたことを分かち合って生きていきたいと、芭蕉は望んでいた。 そのままの俺—— 今の俺、今まで生きてきた俺のことを 芭蕉は肯定してくれるんだな。 いや……芭蕉はずっと、当たり前に俺を受け入れてくれてきた。 忍として生まれ、忍らしく生きよ、忍に不要な感情を捨てよと教え込まれてきた俺では それがとてつもなく難しいことだった。 だけど芭蕉は、俺が俺でいることを 唯そのままに受け止めてくれる。 闇の中で生きてきた俺を照らしてくれる、 太陽のような存在—— 「——曽良?どうしたの?」 固まったまま黙り込む曽良を心配した芭蕉が曽良の方を向くと、思わず目を丸めてしまった。 顔を真っ赤にし、両目から滝のような涙を流して枕を濡らす曽良の表情は これまで見たこともないほど幼く、まるで少年のように映った。 「……芭蕉……大好きだ……」 そう言って涙を溢れさせている曽良があまりにも愛おしく感じた芭蕉は、 思わず曽良を胸元に抱き寄せた。 「僕も……曽良が大好きだよ……」 抱き合いながら芭蕉もまた涙を流すと、 この幸せな瞬間を永遠のものにしよう。 曽良が永遠に続く幸せの中で最期の日までを迎えられるよう、ずっと側にいよう—— と心に誓った。 辛いことの多過ぎる人生を歩んできた曽良が、 これから先はずっと幸せな瞬間で満たされるように……。
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